おにぎりバス
ある初冬の晴れた日でした。私は葬儀に参列するため、見知らぬ町のバスに揺られていました。平日の朝に駅から郊外へ向かうバスへ乗り込んだのは、自分をふくめて数人でした。閑散としたうそ寒い車中に、気だるいエンジン音がひびいています。
目的の停留所までは三十分ほどかかるようです。慣れない礼服に身をつつみ、なじみのない町並みを車窓にながめていると、座っているのに座っていないような、そんなそわそわした気分になりました。
ある停留所で一組の若い男女が乗り込んできました。彼らは一人席に前後ならんで腰をかけました。男の子は関取のようなだぶだぶとした体格でした。彼は重そうなリュックを、目の前の台へどすんと置きました。
女の子のほうは対照的に小柄で華奢でした。座席にしおらしくもたれて窓のそとを眺めています。男の子はしきりに振りかえって女の子に話しかけるのですが、彼女は窓外へ顔を向けたまま、ときおりぽつりと返事をするだけでした。
やがて男の子はむっちりとした手をリュックの中へ突っ込んでまさぐりはじめました。取り出したのはソフトボールの球のように見えました。それはサランラップに包んだ大きなおむすびでした。男の子はラップを剥いでおもむろにおむすびをかじりました。長いこともぐもぐやって、またひとくちかじりました。体格に似合わず、リスのようにちいさい口をしていました。ほっぺたをお米でふくらませながら、せわしくうしろの女の子を振りかえっています。
運賃の表示板へ金額を示す数字が次々に点灯し行列をつくっていきます。私の降りる停留所はまだ先でした。バスのなかで両替に立つのは億劫なので、片道三百七十円を耳をそろえて小銭入れに準備してきました。そのはずですが、まちがいがないか気になって私は何度も小銭入れのなかの硬貨をかぞえています。
気がつくと男の子はあの大きなむすびを平らげていました。蝉の抜け殻のようになったラップの塊を手に、まだ口の中はもぐもぐやっています。もう、うしろを振りむきません。前を向いてぼうっとしています。何も飲まないのでしょうか。炭水化物を吸収してひとごこちがついたらしく、しばらく大仏のように動きませんでした。
ふと大仏の手が上がりました。そうしてリュックの中へ差し入れました。飲み物でしょう。私は彼が何を飲むのか興味はなかったけれど、ほかにすることもないので、その顛末を見届けようとリュックの口へ瞳をそそぎました。果たして大仏の手に握られてあらわれたのは、おむすびでした。前とおなじ大きさのおむすび。前とおなじ真っ白なおむすび。そう、おむすびだったのです。
大仏はラップを剥いでまたリスのような口で、少しずつかじりはじめました。それを無心にながめているうちに目的の停留所へ着きました。終点までもういくつかの停留所を残すのみですが、彼のおにぎりの旅はまだまだ先が長そうでした。おにぎりのゆくえを見届けたい気持ちにうしろ髪をひかれながら、私は下車しました。
女の子のほうは、最初とおなじ格好で、しどけなく窓を見続けていました。今にしておもえば、彼の重そうなリュックの中身はすべておにぎりだったのではないかという気がします。
私はバスを降りて、ぶかぶかの靴を引きずりながら会場のありそうな方角へあてずっぽうに歩いていきました。バスの運賃は四百円でした。
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