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ホネ


 漫画に登場する犬はたいてい骨をくわえているけれど、ほんとうに犬は骨なんぞを好んで食べるのだろうか。生まれてこのかた骨をくわえている犬なんか見たことがない。うちで飼っていた犬をのぞいては。

 子供のころ、フライドチキンを食べたあとの骨は、わが家のパグ犬にくれていた。パグは迷わず飛びついてバリバリと音をたてて噛み砕くや、数秒後にはもう口のなかは空っぽだった。驚くべき早業である。だれも取りはしないのだから、もっとよく噛んで、ゆっくり味わったらどうだろうとおもいながら眺めていると、やっこさんは口のまわりを舐めながらキョトンとした顔でこちらを見上げる。そうして、もっとくれと言うように、何度も口のまわりをなめまわしている。食い意地の張ったやつなのである。「ホネは飲みもの」と、そのしわくちゃの顔に書いてあるようだった。

 フライドチキンの骨で思い出すもう一匹の生き物は、学生時代にアルバイトをしていたファーストフード店のマネージャーである。このマネージャーは少しでも店が暇になるとすぐにバックヤードへ下がってサボっているのである。そうして厨房から去り際に必ずハンバーガーの調味料をつまみ食いしていくのだ。オニオンをつまんで口のなかへ放りながら去っていく光景を何百編見たか知れない。あるときはピクルスで、またあるときは貴重なスライストマトを一枚奪っていった。機嫌の良いときは手のひらにのせたオニオンへマヨネーズやサウザンドソースをかけていくのである。ひょうきんなアルバイトはマネージャーのつまみ食いの仕草をモノマネして皆を笑わせた。

 そんなマネージャーにもひとつだけ感心したことがある。やっこさん、フライドチキンを食べる名人だったのだ。バックヤードのテーブルでマネージャーを見かけるときはたいてい何かを食べているのだけれど、ことにフライドチキンをおいしそうに貪っている姿が今も瞼の裏に残っている。そのチキンは先生の手にかかると、衣のひとかけら、筋の一本も残さず、文字どおり丸裸にされてしまう。先生はそのまっさらな骨へさらに噛みついて、軟骨を器用に剥いだ。その巧みな技に僕は舌を巻いた。魚を食べるのが上手な人のように、フライドチキンを食べるのが上手な御仁だった。しかしマネージャーはあくまで店を運営するのが仕事だから、いくら食べ方が達者だからといっても、店のなかでの評判はいつまでも上がらなかった。そうやってマネージャーは、来る日も来る日もオニオンを口にほうり込み、フライドチキンの骨を丹念にしゃぶって、にこにこと暮らしていた。

 思い起こせばそのマネージャーも、パグの顔に似ていたようである。




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