ゴトー君
ゴトー君は中学時代の同級生でした。運動神経の良い子でしたが、寡黙で他人と交わることはほとんどありませんでした。寂しい目をした少年でした。
ゴトー君は校則違反の制服を常用し、何かと教師の言うことに反抗をしていたので、学校では不良扱いをされていました。しばしば生活指導の教諭に呼び出されては密室で長時間の拘束を受けていました。帰ってくると顔に傷を作っていたこともあります。そうして彼の口はより固く結ばれ、その目はより冷やかに乾いていきました。
けれど私たち同級生から見たゴトー君は、クールではあっても嫌味がなくて優しくて、気持ちの良い男でした。みんなは彼を「ゴッチャン」と呼びました。私もゴトー君に用のあるときはゴッチャンと呼びかけ、ゴッチャンも私に用があるときはあだ名で呼んでくれました。ときどき見せる笑顔は柔和でした。
あるときゴトー君がボクシングを習い始めたという噂を聞きました。中学生でボクシングというのは唐突な印象を受けましたが、彼の鋭い目つきや孤高の習性が、私の中のボクシングのイメージといかにも相性が合いました。私はゴトー君の大きくてごつい手を思い出しました。しかしゴトー君はボクシングを習っているような素振りは一切見せませんでした。
私はゴトー君の家を知っていました。自分の家から近いので、ときどき前を通りがかることがありました。彼の家は暗く雑然とした佇まいで、いつも固く閉ざされていました。家に沿った細長い敷地を、ありあわせの材料を継ぎ合わせて囲い、犬の檻にしていました。そこに大きなドーベルマンを飼っていました。一度、友達と檻を覗こうと試みましたが、ドーベルマンの引きずる太い鎖の音が近づいて来ると私たちはたちまち逃げ出しました。
ここがゴトー君の家だと知ったとき、私は妙に納得をして、そして憐れを催しました。ゴトー君は、いつも見えない敵と、胸の内のリングで闘っているように見えました。
他の同級生にくらべて極端に接点が少ないにもかかわらず、陰影の濃い彼の存在は深く印象に残っています。
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