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 理由も分らずに押付けられたものを大人しく受取って、理由も分らずに生きて行くのが、我々生きもののさだめだ。-「山月記」中島敦


 殺風景な塀の内を虎が歩いている。それをガラス越しに客が見ている。客はおおかた家族連れと若い男女だった。虎は塀の壁に沿って周回している。ガラスの前を過ぎると歓声が上がる。携帯電話をかざして写真を撮る。虎は、同じ道筋を同じ速さで、機械のように周り続けていた。

 ガラスの前に小さな子供が二人座っている。兄弟のようだった。兄弟はガラスを背にして並んでいる。その視線の先には母親が携帯電話をかざしていた。母親は虎を背景にして子供の写真を撮るために虎視眈々と身構えている。

 虎がまたガラスの前へめぐって来た。にわかに騒がしくなる。子供が振り向いて虎を見ようとする。と、そのとき母親の無遠慮な金切り声が上がった。母親は一瞬のシャッターチャンスを逃すまいと、狂ったように子供の名前を連呼した。カメラに背を向けかけた兄弟は、母親の脅迫めいた怒声に屈して、ストラップのきらきら揺れる携帯電話に向き直った。

 無表情に並んで佇む兄弟の背中を、虎が機械のように過ぎていった。




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