パグ
実家では長らくパグ犬を飼っていました。カケルというオスが最初に来ました。次にアカリというお嫁さんが来ました。そうしてたくさんの赤ちゃんパグを生みました。
カケルと私はお互いに小さいころからの付きあいでした。小学生になったころ、カケルを散歩させに近所を歩いていると、民家の鬱蒼とした敷地から黒い犬があらわれました。黒い犬はつながれていませんでした。カケルと黒い犬は激しく吠えあいました。私はこわくなって足元の石ころをひろって握りしめました。黒い犬が近づいてきて、カケルと激しく争いました。私は石を当てる勇気もなくて、無闇にカケルの首輪をぐいぐい引っ張るだけでした。カケルはその喧嘩で耳をかじられて血を流しました。相手は自由にうごけるのに、カケルは私が綱を引っ張って邪魔をするから怪我をしてしまったのだと思い、私は小さい胸を痛めました。温和なカケルがこわい顔をしたのはそのときだけでした。
私が高校生のときカケルは死にました。冬の冷たい朝、親に呼ばれていくと、夜のうちに息を引きとったカケルが毛布の上でまるくなっていました。寝ているようでした。私は学校のリュックを背負ったままカケルの背中をなでて、それから学校へ行きました。
伴侶をなくしたアカリは未亡犬として暮らしましたが、時をたがえてやはり自宅で亡くなりました。カケルとアカリのあいだには幾度も子供が生まれました。アカリは一度に五、六匹を産みました。掌におさまるほどのまだ目もあかない赤ちゃんパグが、疲れて横たわったアカリの元で何匹ももつれあってミャアミャア泣いているのを、私は日に何度もかよってのぞき込みました。生まれてすぐに死んでしまう運の悪い子供もいました。
産まれたパグをすべて飼うことは出来ないので、おおかたは方々へ養子に出しました。そのうち一匹だけ、やたろうという子を家に置くことになりました。子犬はみるみる好青年に育ちました。しかし家業が傾いて一家でアパートへ越すことになり、やたろうもどこかへもらわれていきました。私が二十歳ごろのことです。
子どもが野原にしゃがみ込んでいます。足もとの草をちぎってふらせると、子犬はそれに飛びつきます。子どもはそれが楽しくて、子犬もそれが楽しくて、何度もおなじことを繰り返しています。古い写真のなかで、私とカケルはいまも仲よく遊んでいます。
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