見出し画像

秋の夜長の過ごし方【俳句鑑賞】



 新 し き 畳 の 匂 ふ 夜 長 か な    芥川龍之介 


 季語は「夜長」で秋の部です。夜長をかんじるの
は、夏のうっとおしい暑さも去って夜はすっかり涼
しくなったころ。闇のとばりがおりて、物音も絶え、
感覚が研ぎ澄まされていくような夜に、昼間に替え
たばかりの畳の新鮮な香りが鼻をつきます。涼やか
な秋の宵にいっそうの清涼感を添えて、こころはの
びのびとしたひろやかさ。なんとも気分のよい句で
す。

 この秋の夜長の小天地で、作者はなにをして過ご
すのでしょうか。そこに鑑賞者の想像の余地がもう
けられています。芥川龍之介はご存知のとおり小説
家ですから、新鮮な畳の上に万年筆を走らせる音を
加えてもいいかもしれません。執筆もはかどりそう
な夜です。

 けれども私は、あえて作者が小説家であることを
除いて鑑賞したいとおもいます。自分自身を畳の上
に座らせたいとおもいます。私はそこで何をするか。
なんにもしません。畳の上に四肢を延べて、秋の夜
長の閑寂に身も心も深く沈めたいとおもいます。

 畳の匂いと夜長を取り合わせだけの、一見のんび
りしたこの句が、時代を経た日本人にも充実した気
分を与えてくれるのは、そこに日本固有の自然と文
化と価値観とが端正に封じ込められているからだと
おもいます。のどかな顔をしながら普遍性を鋭く射
抜いた句です。作者の力量もさることながら、俳句
という詩型のもつ力の強さがうかがえます。

 あなたなら、あたらしい畳のうえで、このしずか
な夜をどのように過ごすでしょうか。





この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?