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ただのお菓子
それはただのお菓子だった。
仕事中、疲れた時にポイと口に放りこめるような、
ロッカーに常備していた、ほんの小さなお菓子….
「ああ、アナタだったんだ!やっとわかった」
とその中国人の女性は言った。
Rさんという。
Rさんは私の勤め先にある食堂で働く、まだ日本語に不慣れな中国人の女性。
昨年の夏、そこに派遣されてきた。
ベテランさんの病欠で『とにかく代わりの人員を!』ということで、彼女が入ってきた。
ベテランさんが1人で全て把握していて、その人のやり方で万事行われていたので、他の人にはわからないことが多く、現場は混乱していた。
ただでさえ人が定着しない職場、この混乱した時期に入って、仕事量の多さにRさんは嫌になってしまうのではないか?と気になって別会社だったが、よく声をかけた。
どんなに忙しくても『ダイジョブダイジョブ』と言って笑顔で応える彼女。
今より日本語の理解力が乏しい中、Rさんは懸命に働いていた。
Rさんの笑顔はまぶしかった。
ずっといてほしいな。がんばってほしいな。
そんな風に思っていた時、帰り間際にRさんの持ち場を通りかかった。
ちょうどひと段落して汗を拭いて水分補給をしていた。
そこで私は、ロッカーに走りお菓子をいくつか持ってきて『ひと息入れてね』とRさんに手渡して帰った。
あれから半年。たまたまRさんとRさんの同僚が立ち話をしているところに出くわした。
あれこれ話しをしている内に、そのお菓子の話が出てきた。
「あれ本当にうれしいかった。
甘いのくれた。元気でた、ずっと話したい思ってたけど、入ったばかりの時、みなマスクで、名前もわからないし、お礼言えなかった。やっとわかった!!ありがとう!!」
そう、やや興奮気味につっかえつっかえ話してくれた。
さらに隣にいた同僚さんまでが、
「あれ、相当嬉しかったらしいですよ」と教えてくれた。
私はなんだか照れてしまって
『え、そんな…大したものじゃなかったのに』
と言ったら
「そんなことない!あの時の甘いの、うれしかった、ずっと覚えてる」
そういってRさんは手を握ってくれた。
そうか、そうか、そうだったんだ!!
実はあの時、まだ仲良しにもなってない人にこんなお菓子をあげてもいいだろうか?と半分ドキドキしながらあげたのだった。
よかったんだ、自己満足じゃなかったんだ、励ましの意味であげたこと、通じてたんだ!
甘さがじわ〜っと口に広がるように、
心がじわ〜っと温かくなった。
ただのお菓子が、幸せを与えてくれた。