コトバでスケッチ7「親友、母になる」
「散歩に行かない?」
そう持ちかけられて、なんか慌てた。
運動した方がいいとも聞くけど、臨月のお腹は想像以上に大きい。お腹以外は羨ましいくらいに細いままのヒナタ。その膨みがアンバランスで不安を余計に掻き立てる。
「大丈夫なの?」
「なにが?」
「いや、動いても」
「っていうか、動いた方がいいんだって」
わたしは子どもを産んだことがないので、妊婦の身体のことはよくわからない。そんなもんなのかと納得して外に出た。
わたしたちが通った通学路は、散った桜の花びらでアスファルトが覆われている。昨日の雨で地面はうっすら濡れていて、滑って転びやしないかとヒヤヒヤする。もちろんわたしが転ぶのはいいんだけど、お腹に赤ちゃんがいるヒナタが転んだら……。
あれ、わたしは、ヒナタの心配をしているのか。赤ちゃんの心配をしているのか。
世間体としてはお腹の赤ちゃんに何かあったら、と心配していると思う。けどまぁ、生まれてもいない人間のことはいまいち実感がないわけで。やっぱり、わたしは目の前で大きなお腹を抱えて歩いている親友のことを心配しているのだ。
「わたし、結婚はいいけど、子どもを持つなんて考えられない」
ヒナタの言葉を思い出す。社会人になりたての頃、東京の居酒屋で交わした会話。
「えー、そうなの?」
「うん」
「どうして?」
「わたしみたいな人間の遺伝子を、残してしまっていいのかって思うの」
「ネガティブすぎない?」
「ここで終わらしてしまうのが人類のためじゃないかって……」
妙に真剣な目をしたヒナタがちょっと怖かったのを覚えている。多分、あの時のあれは本心だったんだろうな、と。
でも今、彼女のお腹には新しい命がいて、彼女の遺伝子は取り急ぎひと世代分、後世に受け継がれてしまった。
ヒナタはそれを喜んでいるのか、それとも悔いているのか。昔から変わらない飄々とした言動からはそれを読み取ることはできない。
大きく膨らんだお腹に目をやる。大きい。不安になるくらいに大きい。でも、ここに一人の人間が入っている。一人分の人生の可能性が入っている、と思うと、このサイズでもまだ不十分なのかも。
「よかったね」
「……なにが?」
「いや、なんとなく」
首をかしげるヒナタと並んで、口数少なく思い出の道を歩いていった。
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