ショートショート130 「宇宙ガール」
「えー、皆様長らくのご搭乗お疲れ様です。当機は間も無く太陽系に差し掛かります。地球までの所要時間はあと三時間ほどーーー」
惑星N165を出発して二日目に差し掛かったあたりだった。機内アナウンスをきっかけになんとなく窓の外に目をやる。
相変わらずのまっ暗闇。チカチカ浮かぶ星の光は、最初こそ綺麗だと思ったものの、宇宙がこうも広大だとどこに目をやっても変わり映えしなくて飽きてしまう。
N165のエメラルドグリーンの海はとても綺麗だった。これが傷心旅行でなければ、なお良しだったんだけど……。
失恋の傷を癒すための思いつきと勢いで宇宙に来られるくらい科学が発達してくれたのはいいことなのか、悪いことなのか。
宇宙のスケールを実感しても、地球にはない景色に胸の奥を揺さぶられても、モヤモヤした気持ちは軽くなったけれど、胸に残ってる。
結局、人間の行動範囲がどれだけ拡がろうと、個人的な問題というのはハンドバックみたいに手軽なサイズで、それゆえにどこに行っても個人にくっついてくるのだ。
そんな事実を再確認させられた気分……。旅先で新しい発見があって、それで立ち直るきっかけを掴んで、みたいな話は劇的で珍しいからこそ、人々がこぞって話題にするだけで、それが自分に起こるとは限らない。
まぁ、私にはそういうのは無かった。失恋なんて宇宙から見れば小さい話ではあるけれど、私の中の世界はあの瞬間終わったにも等しくて、そのままだといてもたってもいられなくて、とりあえずで地球を出てみた。
なので、別に旅が何かを変えてくれると期待してた訳ではなくて……いや、嘘。なにかプラスなことがあるはずだって、ちょっとは期待してた。
(まったく、わざわざ宇宙まで来たんだから、ちっとはなにか起れっての)
心の中で毒づきながら、相変わらず点々と星が光る暗闇の、もっと奥を睨み付けるように視線を突き刺した。
”あの……”
頭の中に直接声が響いてきた。顔を隣に向けると、緑色の肌をした女の子がこちらを見ている。あぁ、これがN165星人のテレパスってやつなのね。初体験だわ。
”地球って、どんなとこですか?”
どんなとこ? んー、どんなところだろう。
”そうね、青い海と山があって、宇宙から見るととても綺麗よ。まぁ、N165も負けず劣らず綺麗だったけど”
”わぁ、やっぱりそうなんですね。私、地球に留学に行くんです。すごく綺麗なところだと聞いているので楽しみで”
”宇宙から見る分にはそうねー。まぁ、中に入れば、女を泣かせるロクでもない男がいるんだけどね”
我ながら大人気ない。別の星の年若い女の子を捕まえて、元彼を星ごとディスるなんて。
”あ、なんかごめんなさい。でも、そっか。地球も一緒なんですね”
”え?”
”いや、私も……留学決めたのって、彼氏も一つの原因なんですよ”
”そうなの?”
”そうなんです。束縛がひどくて。なんかうまい別れ方ないかなーって思って……あ、他の星に行っちゃえって”
”へー、そっちの星も色恋沙汰は似たようなゴタゴタがあるのねぇ”
”ええ、宇宙はこんなに広いのに”
これには思わずプッと吹き出してしまった。窓の外には相変わらずチラチラと星が光る暗闇が広がっている。
同じような悩みが宇宙には、それこそ星の数ほどあるんだなぁ。
そう思えた時、ようやく私の胸のモヤモヤが薄くなった気がした。
<了>
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