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ショートショート139 「ねがいごと」

「ねぇ、七夕の願いって叶ったこと、ある?」
「……へぁ?」

思いがけない質問に変な声が出た。
昼休憩のオフィス、隣の席でお弁当を食べている同僚からの。

「あのさ、もう九月だけど?」
「だからよ。そろそろ叶っててもいいんじゃないかなって」
「え、あぁ、うん。そっか」

突拍子もない話だけど、なんだか筋の通った話のようにも聞こえる。
願い事の賞味期限(?)って、いつまでなんだろう。願ったことが叶ったとして、それはいつまでが七夕の功績といえるのか。

「わたし、変なこといってる?」
「うん、いつも通り」
「え、ひど。……それでさ、香奈はどうなの。七夕の願い、叶ったことある?」

この娘、有美が思いついたようによくわからない話を始めることはよくあるのだけど、テキトーに生返事をして、いつもはそれでおしまい。今日はやけに食い下がってくる。

「そもそもなんだけど、七夕にお願いとかしない、かな」
「えっ……」

なるほど、絶句とはこのような様を指して生まれた言葉なんだな、と妙に納得する。

「しないの? お願い」
「うん……ってか、するの?」
「するよ?」
「え、そっか。うん」

わたしはどう返事をすればよかったのだろう。正解も正義も存在しない、社会の厳しさに直面している。

同じ慣習を共有していないからといって、彼女を否定するわけじゃない。
けど、この手の微妙な食い違い、すれ違いが折り重なって、この世界の片隅に種々折々の気まずさが形成され、積み重なっていくのだろう。

「あのさ、七夕に願ったことって、いつまでに叶ったら、七夕のおかげってことになるのかな」

なんでわたしが気を遣わないといけないのだろう、と感じつつも、眉毛をハの字にして、悲しそうにわたしの言葉を待っている有美を見ていると、何か話題を合わせてあげなくちゃいけない、という気分にさせられた。これは魂の脅迫だと思う。

「……うーん、有効期限みたいなのは、ないんじゃない?」
「じゃあ、10年後にたまたま叶った願いを”これはわたしたちのおかげ!”って主張できるわけ、織姫と彦星は?」
「それは、ちょっとずるいかも」
「でしょ?わたしたち会社員なんて、一年で達成すべき目標立てなきゃいけないのにね」
「そもそも一年に何件、願い事を処理できるんだろうねぇ?」
「サンタさんの場合は、ある意味、親に外注してるからね。それに比べると、委託先が少ないような気がするね」
「やっぱ、願い事もグローバル化がポイントかぁ」

ヴヴッ

不意に机の上で有美のスマホが震えた。

「え、待って!?叶った、ライブのチケット当たった!!」
「え、よかったじゃん!」

とりあえずハッピーに収まってよかった、という気持ち。叶うサイズの願い事をすることも大事なんだなぁ、という気持ちが半々混ざって、大喜びする有美を見ていた。





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