見出し画像

【二次創作短編小説・女子高生の無駄づかい】むねお

この物語はフィクションです…。

チャイムの音が鳴り響き、さいのたま女子高等学校は本日も放課後を迎える。
青春の汗をかき、部活に精を出す女生徒達。
歩きながらゲラゲラと笑い、漫談しながら、校門に向かう暇な帰宅部の女生徒達。
そして、その中には、一際デンジャラスで可笑しな女の子達がいる。
皆に舐められないため、反抗的な態度をとる心優しい小さき女の子。
心に傷をおった、だいぶ残念な厨二病の女の子。
男に触られたら蕁麻疹が出る、女の子大好きのハーフの転校生。
真面目が取り柄だけど、メンタルが非常に弱く、中性な見た目の女の子。
人付き合いが苦手で不登校気味のスプラッタと黒魔術大好きの女の子。
多種多様な生体を持つ女の子が揃うさいのたま女子高だが、紹介した女の子達とは別の子達がメインである。紹介した女の子達は、また別の機会で。
今回は吉本新喜劇の舞台に上がらせれば観客を白けさせるだろう三バカトリオと、女子高生に全く微塵も興味がない教師が主役のお話である。

「あー、今回もいい曲だな、低所得P様」
悶えるように身体をくねらせて、イヤホンを耳につけて、楽曲を聴いている、菊池茜ことヲタ。
そう、と素っ気なく返事する、鷺ノ宮しおりことロボ。ロボは何か熱心にスマホを凝視している。
「ロボも1回でも聴いてみろよ、ハマるから」
ヲタは自分の左耳につけているイヤホンを取り、無理やりロボの右耳につけようとする。
しかし、興味ないと言いつつ、そのイヤホンを払い除けるロボ。
「ふん、いいやい。聴きたくなっても聴かせてあげない」
ヲタは取り外したイヤホンを再度左ミミに付けようとするが、ロボのスマホ画面に禿げあがったおっさんの画像が見えて、吹き出す。
「はぁ?なんでハゲのおっさんの画像なんて見てんの?ロボ」
スマホ画面をヲタの方に向けて、自慢するロボ。
「涼木宗男」
「なぜに」
ヲタは腹を抱えて笑う。
「将来結婚した時に子供の名前をどうしようかと思って探していたら、宗男がビビッときた」
ロボは無表情だが、声高らかに饒舌に語り出す。
未だに腹を抱えて笑うヲタ。
「私なら子供に宗男なんて名前つけたくない。頭が光りそう。てか、ロボは結婚するイメージがなかったから、そんなこと考えるなんて意外」
大声で笑い転げていたが、突然思い出したように我に返るヲタ。
「そういえば、静かだと思ったらあいつがいないな」
「ついさっきまでバカみたいに笑っていた人に、静かと言われてもね」
「そうそう、バカ、バカがいねえ。あいつ、どこかでまたロリでもいじめているのか」
「バカなら、補習。さっきワセダに引きづられて連れていかれたわ」
「またかよ。あいつ、進級大丈夫か?」
また、ヲタはゲラゲラと腹を抱えて笑い出す。
「ねぇ、あいつの間抜けな勇姿を見に行こうぜ」
「興味ない」
「いいだろう?」
ヲタはロボの腕を引っ張り、校舎に連れていこうとする。
無抵抗に引きづられるロボ。相変わらず、スマホ画面に映る涼木宗男に夢中。
だが、突然足を止めるヲタ。
「どうしたの?」
「こっちからで向かわなくてもよくなった」
「どうして?」
笑いながら、校舎内に指を指すヲタ。
「だって、向こうから近づいてきているから」
全速力で校舎内から走ってくる田中望ことバカ。何か泣いているようだ。
「うおおお、あたしの…あたしの…星野源吾郎が、カッキーと結婚したあああ、こんな時に補習なんてしてられるかあああ」
泣きじゃくり走り去るバカを呆然と見つめるヲタ。
「なんだ、あいつ」
バカの顔は涙と鼻水でぐしゃぐしゃだ。すると、バカの後ろから全速力で迫る佐渡正敬ことワセダ。実は、ワセダの裏の顔は低所得Pである。だが、今回のお話には関係のない情報である。
「こらあああ、田中。補習はまだだぞ。それにお前はカッキーの足元、いや足の爪にも及ばないぞ」
バカはワセダのツッコミを無視し、更に加速し、戯言を言い出す。
「ふんだ、まだ私には米津玄米がいるんだ、待ってろ、米津ううう」
バカの発言を聞いて、吹き出すヲタ。
バカは校門を飛び出し、走り去っていく。そして、その後ろを追いかけるワセダ。
ヲタは暇つぶしを見つけたように嬉しそうにはしゃぐ。
「おもしろそう、見ものだ。追いかけようぜ、ロボ」
「いや、私は…」
ヲタはお構い無しに話を遮り、ロボの腕を掴んで、一緒に走り出す。

車も行き交う広い道。歩道を全速力で走り続けるバカとその後を追いかけるワセダ。歩道を歩いている人達は驚きながら、素早く道の隅に避ける。
「うおおお、待ってろ、あたしの米津ううう」
馬鹿の一つ覚えで叫びながら走るバカ。どこに向かっているか不明である。
「止まれえええ、田中あああ」
ワセダも今にもメガネが飛びそうなぐらい負けじと走るが、差が縮まらない。なんというバカの脚力。そんな脚力を知力の向上に振り分けれなかったのかは謎である。
「田中、そんな現実が見えないまま走ると妊婦さんにでもぶつかりかねない」
だが、ワセダの叫びはバカの耳には届かず。そのようなことを言った矢先、バカの目の前には小柄な妊婦さんが。
「うわぁっと」
バカは妊婦さんを避けて、電信柱に思いっきり打つかる。妊婦さんは驚きのあまり、呆然としている。
ワセダがバカに追いついて、慌てて妊婦さんに側に寄る。
「大丈夫ですか?」
「いえ、私は何ともないですが、あの方のほうが…」
妊婦さんはバカを指をさす。バカは鼻血を出して、その場に仰向けになって倒れている。ワセダはため息を付くが、直様妊婦さんの方へ向き直す。
「あいつのことは気にしないでください、夢の中のほうが幸せのやつもいますので」
「そうなんですか…鼻血垂らしながらでもニヤニヤして…現実に絶望感じていたんですね…」
バカは鼻血垂らしながらニヤニヤ笑っている。
「そんなことより、私の生徒のせいで危うくぶつかることでした、申し訳ございません」
ワセダは深々と頭を下げる。
妊婦さんはワセダに何事もなかったように誰もを惹きつけるような笑顔を向けるが不安げな様子。
「いえいえこちらこそお気になさらず。でも驚いて、危うく赤ちゃんが生まれそうで…うぅ」
妊婦さんは苦しそうにお腹を押さえ、その場にしゃがみ込む。
ワセダが慌てて駆け寄る。
「どうしました?」
「う、生まれる…」
「マジですか!?」
ワセダが妊婦さんの苦しそうな様子を見て、脂汗をかく。
すると、バカが飛び起き、空気を読まないことを獣のように発狂する。
「米津、お前もあたしを捨てるのかあああ」
「こんなときにバカなこと叫んで起きるな」
ワセダが呆れた様子でバカを一瞬語りかけるが、直様焦りながら妊婦さんに向き直す。
「米津」を連呼し、おもちゃをお母さんに泣きじゃくり強請る子供にようにその場で暴れるバカ。
ーあいつは無視だ、あいつは無視だ、あいつは無視だ。
ワセダは落ち着かせるように心に言い聞かせる。
だが、バカはワセダの心を無視するようにしつこく泣きじゃくる。
誰もが避けたがるカオスの状況に、ヲタとロボが走って登場する。
「えっ?何だ状況…」
「帰ろうか…」
ロボがそそくさ去ろうとするロボの腕を掴んで静止し、ヲタが妊婦さんを指差す。
「あれ、あの人、苦しそう」
「本当だ」
ヲタとロボはワセダと妊婦さんに慌てて、近寄る。道中バカが駄々こねていたが、お腹を踏んづけたのは誰も触れない。しかしながら、誰も触れないことに憤りを感じ、イチャモンつけたのはもちろんバカだ。
「もう、誰もあたしの心配しないし、誰も触れないのおおお」
「お前にかまっている暇はない」
ヲタは一喝し、妊婦さんの心配をする。
バカも事の深刻さにやっと気づいて、鼻血を袖で拭いて、妊婦さんに近寄る。
「これってあたしのせい!?」
急に焦りだすバカだが、ワセダが一蹴する。
「まぁ田中に落ち度はないが、変に叫んだりして私を苛立たせたのはお前のせいだな」
ロボがバカを遮るようにワセダに話しかける。
「話しているより、今は救急車を呼ぶのが先なのでは?」
「そうだな、今呼ぶ」
ワセダはスマホで「119」とボタンを押し、電話を掛ける。
「そんなこと、あたしに任せな」
バカは大きく息を吸い、両手を口元に覆う。ヲタとロボは「まさか」と同時に思う。
「救急車ああああ」
ヲタが拳骨でバカの頭をゴツンと殴る。
「原始的な呼び方するな」
向こうに繋がったようで、通話対応しているワセダだが、通話を遮ってツッコむ。
「うるさい」
騒ぐ三人を黙らせるため、雷を落とす。
「あっ、すいません、女性が今にも子供産まれそうなんです、至急救急車をお願いします」
ワセダ一人頑張って対応している。さすが、大人と言えないが。
お腹を押さえ、苦しむ妊婦さん。
ワセダは優しく語りかける。
「今救急車を呼んだのでもう少しの辛抱です」
「あ、ありがとうございます」
バカがやっと事の深刻さを理解したのか、焦り始める。
「あー、どうしよう、こんなところで生まれたら…あたし介抱できる自信はないよ」
「だ、大丈夫だよ…ワセダが付いているから…」
ヲタも焦り始める。すると、ワセダがボソッと言う。
「男の私を当てにされても…」
そうこうしている間に、救急車のサイレンの音が聞こえてくる。
「ピーポーピーポー」
でも、救急車が近づくにつれてサイレン音が高くなってこない。近くで鳴いているように思える。
「ピーポーピーポー」
「ん?あたしの後ろから音が…」
ヲタが振り向くとロボの口からサイレン音が聞こえてくる。
「ピーポーピ…」
「お前か」
ヲタがロボの頭を小突く。
「痛い」
「何してんだ」
「場を和ませようと思って」
「ボケ方を考えろ。バカが静かになったと思ったら次はお前か」
「ごめん…」
すると、今度こそ近づくにつれて高くなるサイレン音。救急車が向かってくる。
「あっこっちです」
ワセダが直様車道に出て、救急車に手を振る。ワセダの前に救急車が止まる。皆、救急車が来て、安堵の表情を浮かべる。
救急車から救命士達が降りてきて、迅速な対応で妊婦さんを救急車に乗せる。
「大丈夫かな…」
ヲタが妊婦さんの苦しそうな表情を見て、心配する。
救命士の一人がふと四人に話しかける。
「知り合いの方達ですか?」
「いえ、行きずりのもので…」
とワセダがきっぱり答えていると、苦しそうな妊婦さんが声を漏らす。
「お願い…側に居て…」
虚ろな目でワセダの方を見て、言っているように思える。
その弱りきった妊婦さんを見て、戸惑う皆だが、さっきまで騒いでいたバカが今では真面目な顔をして、皆の手を引き、「あたし達の出番だ」と言い、颯爽と救急車に乗り込む。
そして、救急車はサイレン音を鳴らし、皆を乗せて走っていく。

サイレン音を鳴らし、急ぎつつ慎重に直走る救急車。前方を走る車達はモーゼの海割の如く次々と道を開いていく。
処置台で仰向けに寝転がっている妊婦さん。苦しそうだ。その姿を固唾を呑んで見守るバカ達。
それに対して、緊急事態に慣れている救命士達は妊婦さんに寄り添い、「しっかり」や「病院まであと少しです」と励ましの言葉をかけ続けている。
妊婦さんの容態が急変し、お腹を押さえ、更に苦しみ始める。
「うぅ、産まれる…」
バカ達が一同に「えー」といい、驚きを隠せない。
「え、え、どうしよう、こんなこと生まれてはじめてだよ」
ヲタが狼狽える。それに対して、一瞬驚いたが、冷静に語りかけるロボ。
「大丈夫、救急隊員さん達がいるから」
だが、救命士達も驚きを隠せない。
「我々も出産に立ち会うのは初めてで、それに救急車の中では設備が足りなさ過ぎる。早く、病院に着かなければ」
救命士達がもしもの時のことを考え、必死に考えている最中、妊婦さんは苦しさは増すばかり。赤ちゃんが生まれる時まで刻一刻と迫っていく。
覚悟を決めたかように真剣な眼差しのバカ。そして、耳を疑うような一言を言う。
「ここで産もう」
救命士の一人が驚き、早々と言葉を返す。
「話聞いていた?設備がないんだ、ここには」
「でも、産まれそう何でしょう?覚悟を決めよう、ね?」
救命士達が困惑し、仲間内でコソコソ話している。
ヲタとロボはお互いを見て、頷く。
妊婦さん、苦しい声を上げ続ける。
「おい、田中、あまり困らせるな」
ワセダはバカを止めようとするが、バカはお構いなしに止まらない。
「皆で力を合わせれば、何とかなるよ」
「馬鹿、頑張るのは救急隊員さんでしょうが。でも、陣痛が始まったら長引かせたら、赤ちゃんにも危険があるとテレビでやってた。救急隊員さん、何とかやりましょう」
珍しくヲタはバカの言動に乗っかる。
「妊婦さんも限界そうだし、私達にできることがあるなら手伝う」
ロボも本気のようだ。
救命士達も覚悟を決める。
「なんて子達だよ、こんなことは前代未聞だ。でも、妊婦さんと赤ちゃんの為だ、頑張るか」
バカは腕まくりをし、妊婦さんに話しかける。
「妊婦さん、いきますよ、心の準備を」
妊婦さん、小さく頷く。
ワセダは置いてけぼりを食らうも、気持ちを切り替え、何かできることがないか探す。
すると、妊婦さんが痛そうな表情でワセダにせがむ。今にも消えそうな声で。
「手、握っていてもらえますか?」
「え?私がですか?」
「夫にどことなく似ていて、安心しそうなので」
妊婦さんが震える手をワセダにゆっくり差し出し、それをワセダはギュッと握る。
バカは張り切るが、ふと考え込む。笑いながら、皆に話しかける。
「さて、何からすれば」
「出産といえば、ラマーズ法でしょう。妊婦さん、ヒッヒッフー、ヒッヒッフー」
ヒッヒッフーと息を吐き、吸うを繰り返すヲタ。
妊婦さんが真似して、ヒッヒッフーと息を吐き、吸うをしようとすると、ロボが割り込む。
「いや、ラマーズ法より、今はソフロロジー法がいいと言われているわ」
バカとヲタが聞き慣れない言葉を聞き、同時に聞き直す。
「え?なにそれ?」
「ヒッヒッフーではなく、腹式呼吸をするのよ。はい、バカ、手本見せて」
「え?あたし?」
バカはきょとんとする。
バカのことはお構いなしにロボは説明を続ける。
「鼻から息を吸って、お腹から息を吐く。はい、バカ、お手本」
バカは大きく鼻から息を吸って、お腹から息を吐く。
もう一回、と指示をするロボ。
バカは言われたとおり、同じことを繰り返す。
「さぁ、この馬鹿でもできるのです。妊婦さんもやってみて」
「…はい」
妊婦さんは苦しみながらも、鼻から息を吸って、お腹から息を吐く。それを何度も何度も繰り返す。その傍ら、バカも繰り返し続けている。
あなたはもういいから、とロボがバカをツッコむ。その二人に呆れた様子のヲタが割り込こんで、二人を注意する。
「おい、お前ら、妊婦さんに集中しろ」
妊婦さんは腹式呼吸をしつつ、力んでいる。産まれるのも時間の問題か。絞り出したような細い声で、「あ、あ、あと、少し」と声を漏らす。
救命士さんがタオルを手に取り、「頑張れ」と優しく話しかける。
バカ達が固唾を呑んで見守り、ワセダはずっと手を握り、励ましの言葉をかけ続ける。
すると、おぎゃーっと赤ちゃんの産声が救急車内に鳴り響く。元気な男の子だ。救命士さんはタオルに赤ちゃんを優しく包み、安堵する。
バカは体全体で喜び、大声で叫ぶ。
「やったー、産まれた」
ヲタは涙が溢れ、いや、鼻水まで垂らし、顔がぐちゃぐちゃとなる。
ロボに関しては、いつも笑顔を見せないが、こんなおめでたい状況では、笑みは…いや、顔を両手で隠しているようだ。
そして、ワセダの方は、安堵のあまり、眼鏡が割れたようだ。
救命士さんが妊婦さんに元気な赤ちゃんの姿を見せる。
妊婦さんは憔悴しきっているが、笑みがこぼれる。
「皆さんのおかげで無事産まれました。ありがとうございます」
バカが、それほどでも、と照れるが、ヲタが、頑張ったのは妊婦さんだろう、とバカの頭を叩く。その姿をやり取りを見て、妊婦さんが笑う。
思い出したかのように、妊婦さんがバカ達に尋ねる。
「今更なのですが、皆さんのお名前を聞いていなかったですね」
バカ、ヲタ、ロボの順で名前を伝える。
「田中望だ」
「菊池茜」
「鷺ノ宮しおりです」
最後にワセダが名前を言おうとした時、救急車が病院に着いて、妊婦さんがストレッチャーで運ばれていった。名前は伝えることはできなかった。

校舎から全速力で走って出てくるバカ。恥ずかしくもなく、大声で叫ぶ。
「赤ちゃん、待ってろおおお」
ヲタが少し後ろから追いかけて、走る。
「おい、病院まで走っていくのか、馬鹿」
だが、ヲタを無視してバカは校門を全速力で走って出ていく。
ヲタは追いかけるのを諦め、立ち止まる。ぜいぜいと息を切らし、膝に手をつく。後ろから優雅にゆっくり出ていくるロボとワセダ。
「何考えてんだ、田中は」
「あんなに急いで行ったら、またどこかで打つかって鼻血でも垂らして倒れるわ」
「ハァハァ、一理あるわ」
ヲタ達、バカのことに文句を言い、呆れている。
ワセダがため息を付き、腕時計を見る。針は三時二十九分を刺している。
「タクシーを三時半に呼んでいたから、もうすぐ来るはずだ。田中には悪いが優雅に病院まで行くか」
ヲタがガッツポーズをし、喜ぶ。
「気が利くね、ワセダは」
「あんな距離、歩いていくのが馬鹿だ」
話していると、タクシーが校門前に横付けする。
「来たか。今回は先生のおごりだ。二人共、乗りなさい」
ヲタとロボは、ありがとう、とお礼を言い、後部座席に乗り込む。
ワセダは助手席に乗り、運転手に、東村山病院まで、と伝え、タクシーは発進する。
ところ場面が変わり、バカは、鼻血を垂らし、電柱の前で倒れ込んでいた。

病院内は消毒液の独特の匂いが漂っている。病院内は静かのイメージだが、意外にも患者さん達が待合室に集まり、井戸端会議をして騒いでいる。大声ではないので、騒がしくはないが。
そんな騒がしくも静かでもない病院の廊下を少し際立つ声で騒いでいる四人がいる。いや訂正しよう、二人は物静かだ。
バカは鼻にティッシュを詰め、ヲタ達に怒る。
「タクシーで行くなら、行くって先に言えっての」
「お前が勝手に先走ったからだろう。団体行動ができんやつだな。あの距離を、普通走って行くか」
「うるせえ、あたしの走りを舐めるな。五十メートル走を九秒で走る実力を持つ」
「微妙なんだよ」
バカとヲタがいがみ合っていると、ワセダが二人の首を掴む。
「うるさい、ここは病院だ、静かにしろ」
バカとヲタは苦しそうだ。
ロボは戯れているる三人を無視して、一人でとことこと病室まで向かう。
「あいつも団体行動ができんやつだな」
とボヤく、ワセダ。

病室の前に到着する四人。病室前の名札に「涼木」と印字されている。
「ここだ」
ワセダが扉をノックするし、佐渡です、と名乗る。すると、どうぞ、と男の声が返ってくる。
ワセダはゆっくり扉を開け、四人は病室に入る。
目の前にはベッドに寝転ぶ妊婦さんこと涼木貴子さん。その傍らに男性がおり、そして、貴子さんの隣に赤ちゃんが小さいベッドでぐっすり寝ている。
男性はどことなく、ワセダに似ている。
四人は一斉に、こんにちは、と挨拶する。男性と貴子さんも挨拶を返す。
直様、男性が話し出す。
「初めまして、貴子の夫の行二です。この前は、皆さん、貴子を助けていただきありがとうございます」
ワセダが大人代表と言わんばかりに、丁寧に対応する。
「いえ、母子二人、無事で何よりです」
行二が突然ワセダに詰め寄り、手を握る。
「貴子の言う通り、佐渡さん、私とどことなく似てますね」
「い、言われてみれば」
ワセダは苦笑いをするも、行二はワセダの顔を様々な角度で舐め回すように見る。
その会話にバカ達が割って入る。
「そんなことより、赤ちゃん見てもいいですか?」
ベッドに寝ている妊婦さんが笑顔で答える。
「えー、見てあげて。あっでも、寝ているから、気をつけてね」
三人が、小さい声で、はーい、と答え、赤ちゃんを囲うように立つ。
「かわいい、猿みたい」
「猿はお前だろう、バカ」
「マントヒヒに言われたくない」
「はぁ?どこがマントヒヒだ」
バカとヲタが睨み合う。ロボが口の前に指を持ってきて、シー、と言う。
バカとヲタはしおらしく従う。
ロボは赤ちゃんを目を輝かせて見つめる。すると、貴子に質問する。
「赤ちゃん、名前は決まっているの?」
貴子が待ってましたと言わんばかりに誇らしげに上半身を起こす。
「名前はついさっき決まったんだ」
ロボが期待を寄せ、聞き返す。
「それは貴重な時にお邪魔しましたね。聞きたいわ」
まず、バカを指を指す。
「あなたの名前は”のぞむ”」
次にヲタを指を指す。
「あなたの名前は”あかね”」
最後にロボを指を指す。
「そして、あなたの名前は”しおり”」
バカ達はきょとんとする。
「あたし達の名前がどうしたの?」
貴子は自慢げに話し始める。
「まぁ、待って。それぞれの名前から”む”と”ね”と”お”を抜き取って…」
バカ達がまさかと思い始める。
「その三文字を合わせて…”むねお”としたわ」
貴子は誇らしげに赤ちゃんの名前を告げた。
ーだせぇ…
バカとヲタはあまりにも残念な名前にがっかりする。
だが、ロボ一人だけは歓喜する。徐にロボは貴子の手を握る。
「”むねお”、いい名前と思います」
「ありがとう。それに助けていただいた恩人達の名前を使いたくて、夫にも無理を言って”むねお”にしたの。あっ、勝手に名前を使わなかったほうがよかったかな」
ロボは二つ返事で答える。
「どうぞ、使ってください」
バカとヲタは呆れ返って、名前に興味をなくし、赤ちゃんの方を見ている。
そして、蚊帳の外のワセダは呆然とし、寂しそうである。
ー私の名前は使わなかったのか…
<終わり>

いいなと思ったら応援しよう!