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風の形



○○:はぁ...寒っ….


冬の朝


冷たい空気が工房の隅々まで漂い、
炉の赤い炎だけが、小さな作業場を温めている


手が震える





○○:...ふぅーーっ!



細長い棒を炉にかざし、赤くなったガラスを吹き込む



が...
どうにも形が崩れていく



祖父:もっと慎重に扱え


祖父の厳しい声が、背後から響く

その声によって緊張感が身体を支配し、
手元のガラスがさらに歪んでいく

焦りと緊張で息が詰まるようだった



○○:ふぅー...


やっとの思いで仕上げたガラス細工を冷却台に置くと...
祖父は俺の作ったものを見て、深く息を吐いた


祖父:...○○、お前はこんなものが作品と言えるか?


冷えたガラスをぐるりと回し、祖父は厳しい眼差しで俺を見つめる


祖父:お前はまだ、本当のガラスの息をしらん
形を整える前に、感じろ

"ガラスはお前の意志に従わない、お前がガラスの流れに従うんだ"



祖父の言葉は、胸に重くのしかかる


幼い頃から見てきた祖父の技

その手に込められた長年の経験と情熱
それに比べて自分はまだまだだった

炉の炎の前に立ち尽くす俺の手には、"不細工な"ガラスの感触が残っていた



祖父:その"不細工"なものは粉々にして、炉に入れておけ

○○:...わかった






俺には両親がいない

どうやら俺は望まれていなかったらしい
両親は俺を母の実家に置いて、戻らなかった


だから、ガラス工房をやっている祖父母に育てられた

いつもは優しいんだけど、ガラスの事になると厳しい



祖母:あら、今日は上手くいったのかい?

○○:ううん...

祖母:そうかい...

○○:うん...



ガラスパウダーでの色付け
濡れた新聞紙を使った整形


どれも祖父の技を見続けて、自分なりに落とし込んだつもり


でも、認められなかった

毎朝、工房に立たせてもらってやってはいるけれど...
祖父に一回も褒めてもらったことがない



○○:はぁ...これでもだめか...

ため息をつきながら、失敗したガラスを割って炉に入れようとする
すると...



ガラガラ

??:○○~!おはよっ!


少し古くなった引き戸が軽やかに開いた
振り返ると...


○○:...おはよ、奈央



幼馴染の奈央が立っていた



奈央:おっ!今日は何を作ったの?

○○:...コップ

奈央:えっ!?見たい見たい!

○○:えぇ~、いいよ...

奈央:見せてっ!!

○○:...はい



奈央の圧に負けて、"失敗作"を手渡す


奈央:...綺麗だと思うけどなぁ...

○○:...だよな

奈央:...でも、認められなかったんだ?

○○:今日は上手くいくと思ったんだけどなぁ~

奈央:その言葉、何回目?



そういって、彼女はいつも笑ってくれる


○○:うっせぇ...

奈央:私は好きだけどなぁ...



"失敗作"を真剣に見ながら言ってくれる
ありがたいんだけど...少し恥ずかしい




奈央:ねぇ...○○?

○○:ん?

奈央:これ、割っちゃうの?

○○:...うん
明日の材料になるから...

奈央:...そう

○○:どうした?

奈央:...ううん!なんでもないっ!

○○:そっ...



祖母:あら、奈央ちゃん
おはよう

奈央:おはようございますっ!

祖母:毎朝来てくれて、ありがとね~

奈央:いえっ!好きで来てるので!

祖母:そう?
朝ごはん、食べてきたのかい?

奈央:...まだですっ!

○○:嘘つくな~

奈央:嘘じゃないもんっ!
納豆ご飯だけだもんっ!

○○:食べてるじゃねぇか!

奈央:もうっ!
おばあちゃんの料理が好きなのっ!

祖母:それは嬉しいねぇ~

奈央:えへへへ


○○:...ばあちゃん、ご飯よそって行けばいい?

祖母:えぇ、お願いしていいかい?

○○:は~い

奈央:○○っ!私普通盛りでっ!

○○:...ったく、わかったよ!



こうして、朝ごはんを奈央と祖父母とともに済ませる


これが、俺の日常だ



祖母:はい、お弁当

○○:ありがと、ばぁちゃん

祖母:気を付けて行くんだよ?

○○:うん

祖母:奈央ちゃんもね!

奈央:はぁ~い!



祖母:...○○

○○:ん?

祖母:...奈央ちゃんのこと、大事にするんだよ?

○○:...うん

奈央:○○~!早くいこ~!

○○:あぁ!
行ってきます!

祖母:いってらっしゃい!




祖父:...行ったか?

祖母:はい

祖父:そうか...

祖母:もっと○○のこと、褒めてあげたらどうです?

祖父:褒めてあげたいのは山々だがな...
ガラスが関わってくるとなるとどうしてもなぁ...

祖母:...でも○○がここを継いでくれたら嬉しいじゃないですか

祖父:それはそうなんだがなぁ...

祖母:何か気にしてるんですか?

祖父:...奈央ちゃん、いるだろ?

祖母:えぇ

祖父:あの子、○○のこと気になっているんじゃないかと思ってな
○○は学校が終わったらすぐに帰ってきて工房にこもっているから...
あの子との青春を味わっても...

祖母:ふふっ...ふふふっ

祖父:なぜ笑う?

祖母:あなたがそう言うとは思ってなかったです
鈍感で気づくのに何年も待たせた、あなたが

祖父:...

祖母:○○のこと好きじゃないと、こんな山奥まで来ないですよ

祖父:...それもそうか

祖母:大丈夫です
あの子の中で彼女は...

"特別な存在"になっているはずですから




奈央:ねぇ!
今日も帰ったら、ガラスやるの?

○○:うん、やろうかな

奈央:じゃあさ、奈央もやってみたい!

○○:ほんとに?
寒いし熱いし大変だよ?

奈央:うんっ!大丈夫!

○○:...弱音吐いてもやめない?

奈央:うんっ!
だって○○が助けてくれるんでしょ?

○○:まぁ、助けはするけど...

奈央:なら大丈夫!



こうして授業を何とかやり過ごし...

夕方の工房

祖父は作業していたけど、作品の選定をしていたため、工房を貸してくれた



奈央:どう?似合ってる?

○○:...うん

奈央:...可愛い?


うちは簡単な体験教室も開くから
エプロンはいくつか用意してあるんだけど...



かわいい...

本人には言えないけれど...
すごく似合ってる...


でも、本人には言えないから...



○○:...あっ、棒をもう一個持ってこないと

奈央:ムゥ...



それから奈央に簡単な手順を説明し、棒を持たせると...


奈央:...なんか緊張してきた

○○:じゃあそのままゆっくりガラスの溶ける炉に持って行って?

奈央:う、うん...



奈央:これ、すごく熱いね...

○○:最初は怖いよ...
でももっと近づけないと...

奈央:怖い...

○○:大丈夫、見てるから

奈央:○○...
近くにいて...

○○:...わかった...



奈央は何とかガラスを棒に巻き付けていくが...


奈央:ねぇ、これ出来てる?

○○:うん、いい感じ!

奈央:あぁ!なんか垂れてきた~!

○○:大丈夫!
そこからゆっくりまわして...


ゆっくりまわして形を整えてみるけど...
熱さで手元がブレ、綺麗なコップの形になっていかない



奈央:○○っ!これどうするのっ!?

○○:ゆっくり吹いててみ?


少しだけパニックになる


でも、それ以上に...


奈央っ!?///

○○:ほら、ゆっくり引きながら

奈央:う、うん///


○○が奈央の後ろから一緒にやってくれてるんだけど...


奈央:(ち、近いよ///)


熱さ以上に、ドキドキでさらに手元がブレる


近くで見てるから感じる

○○のガラス作りを見てきたけれど、
こんなに真剣な顔してるんだ...

かっこいい....

さらに、惚れちゃうよぉ....


奈央:う、う~ん...難しいなぁ...
こんなに難しいって思わなかった...

○○:...俺も毎日、こんな風に上手くいかなくてさ...
でも、これが楽しいんだよ!
ほら、今度はこれで色付けてみて!

奈央:...ふふっ、なんか○○楽しそう...

○○:...そう?

奈央:うんっ!
やっぱ好きなんだね!


○○:...好き、か...



奈央に言われて少しだけ考える...

俺ガラス作り、好きでやってたのか...

祖父の跡を継がないと...
そんな意識でやっていた部分もあるけど、そんなことなかったんだ



祖父:ほう、なかなかいい作品を作っておるじゃないか

奈央:あっ!おじいちゃん!

祖父:おう

奈央:でも形が...

祖父:そうか?
朝、○○が作ったものよりいいけどな

○○:...

祖父:...○○、お前はどう思う?

○○:形は確かに、綺麗とは言えないけれど...
なんか...このガラスは"暖かい"...かな

祖父:ほう...

○○:なんだろうな...
言葉では表せないけど...

"奈央の人柄が出てる"感じがする...

祖父:...と言ってるけど、奈央ちゃんはどうだい?

奈央:...今日、○○と一緒に作れたっていうことがまず嬉しくて...
難しかったけど、これを渡したい人がいたから...

祖父:...そうか
○○、朝作った作品まだ持ってるだろう?

○○:...

祖父:朝、ガラスを割る音がしなかったからな
職人の耳をなめるでないぞ?

○○:ごめん...

祖父:いいから、持ってこい

○○:うん...


そういって、自分が作ったものを奈央の作品の隣に置く


○○:っ!?

奈央:どうしたの!?

○○:い、いや...

祖父:気がついたか?

○○:...うん

奈央:えっ?

祖父:ほう、言うてみい


○○:...俺が作った奴は"形だけを保っているもの"で...
奈央の作ったのは"想いに応えるように作ってる"感じかな


祖父:...ほう
大体あってはいるな

○○:...


祖父:○○、お前にここを継がせたくなくてお前に厳しくしているわけではない

形だけ、技術だけ...
それだけの職人になってほしくなかった


○○:...じいちゃん...

祖父:"形が綺麗なものだけ"を作りたいなら、お前を雇わずに機械を入れる
それを心に刻んでおきなさい


そういって、祖父は再び自分の作業に戻っていく



○○:...

奈央:やっぱ、おじいちゃんかっこいいね

○○:...うん
なぁ、奈央

奈央:ん?

○○:あ、あのガラス、誰にあげるの?

奈央:えっ?

○○:あげたい人がいるって言ってたからさ...
誰にあげるのかなって...


自分で言ってて恥ずかしいんだけど…
奈央が誰にあげたくて作ったのか、気になってしまう


奈央:…誰だと思う?

○○:う~ん…
誰だろう…

奈央:…見当もつかないの?

○○:うん...
仲のいい後輩もいないし...

奈央:....はぁ...
○○って、ほんと鈍感だよね...

○○:…もしかして?


そうであって欲しいと願うが、
そんなわけないだろうと思いつつ自分のことを指差す


奈央:うん...

○○:マジで!?いいの?

奈央:...いいに決まってるじゃん!
もともと○○にあげたくて作ってたし!

○○:えっ?

奈央:○○がつらい時は一緒に居たいし、
○○が嬉しそうなときは、一緒に喜んでいたい...
そう願いを込めて作ったの

○○:奈央...

奈央:もらって..くれるかな...

○○:...うん、ありがと



でも、いつまで経っても手に物がのる感覚がない



奈央:...ほんとに意味、わかってる?

○○:えっ?

奈央:...ほんと、○○は...


○○:...


奈央:...まぁいいや
じゃあ○○に宿題!

○○:宿題?

奈央:そう宿題!
この作品の答えを、ガラスで作って!

○○:ガラスで?

奈央:○○ならできるでしょ?



この気持ちを、作品に落とし込む...

簡単なようで一番難しい



でも...

このやり方は俺でしかできないから...



少しはかっこつけさせてもらおう

あなたに"好き"と言えるように...






...fin

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