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この世に打楽器でないものはない。
何度やりなおしても、曲のどこかしらにほころびはできた。ほころんだ音がきこえはじめたことで、ぼくたちは音楽のあたらしいたのしみと、苦しみに気づいた。完璧な演奏なんて、この世にはない。耳がよくなればその分、ほころびはいっそうやかましく耳につく。
ただ、ぼくたちはあきらめはしなかった。めざす場所は遠すぎてみえなかったものの、すすむべき方向は、全員がわかっていた。すべての演奏者が同じ方向に向け音をだす、耳をすませ、遠くのなにかへ届けと願いをこめて。その吹奏楽はまさしく魔法の風となり、倉庫につめかけたひとびとの憂いをはるかかなたへと吹き飛ばした。
「ただなあ、あのときの墓地での演奏」
と郵便局長はタクトをしまいながら、新規の団員たちにはなしたものだ。「あれは完璧だった。音楽そのものだったよ。おれはあのとき、自分のからだが音にとけだしていろんなものといっしょになったような感じがした。あいつが死んでからしばらくほんとうにつらかったけれど、おれたちにはたしかにできた、どうしてあんなことができたのかはわからないけれど。あれ以来なんというのか、おれは、音楽を信じるようになったんだよ」
私にとって、とても大事な一冊。
何度読み返しても褪せないし、
迷ったとき、分からなくなったとき、大事なことを思い出させてくれる。
いしいさんの物語は おとぎ話みたいで、なのに登場人物たちを容赦なく叩き落とし打ちのめす。
それでも彼らは歩き出すし、歩き続ける。希望があるから歩くのではなくて、歩くことそのものが希望なのだと思える。
ただ鳴らし続けよう、といつも思う。
『この世に打楽器でないものはなにもない』から。
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