「天使の輪」
新中学生かな。
乗ってきた少年は真っ白なワイシャツと折り目の入ったズボンに身を包み、
天使の輪を頭に乗っけていた。
お母さんがしきりに手を振って笑顔で送っている。
・・・そうか。少し知能障がいのある子なんだな。
少年は少し身体を傾けながら、お年寄りや障がい者用の座席に座った。
今年の5月はなんだか明るい。
バスに差し込む日差しに照らされて名前も知らない小さな虫が踊っている。
お爺さんは70歳は過ぎているようだったが、
上品なセーターを着て姿勢も正しく、僕よりは頭も身体も心も元気そうだった。
すっ、と少年の腕を掴むと何かを言い、ひっぱった。
お爺さんの顔は笑顔だ。どうやら、立っていたお婆さんに席を譲りなさい、
ということを少年に語りうながしているようだ。
少年は素直に席を降りると吊り輪に掴まり、足を踏ん張った。
特別製の鞄、靴、眼鏡。視線は誰とも合わせない。
(大丈夫かな?)。お爺さんは。よしよしみたいな感じで笑顔でいる。
次のバス停で数人が降り、少年は普通の席に座ることができた。
なんだか、すごく「よかったなぁ」という気持ちになると同時に、
悪い想像が杞憂に終わってほっ、とした。
少なくとも「そこ」には暴力はなかった。