天文学の聖地を未来につなぐ絶えざる努力と「60μm」
5年に1度の浜松ホトニクスのプライベートショー「フォトンフェア」会場で見つけた、興味深い展示テーマのご紹介、全5本のその2です。
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ハワイ島マウナケア山頂には、標高4200mの薄い大気と水蒸気量の少なさがもたらす好適な観測環境があり、大型トレーラーが山頂まで到達できるロジスティクスの利もあって、世界最高性能の望遠鏡が集積する天文学の聖地と言っていい場所です。日本が世界に誇る「すばる望遠鏡」も1998年12月にこの場所でファーストライトを迎えました。もう25年も経ったのですね。
すばる望遠鏡の当時からの飛び抜けた強みが、口径8.2mの反射鏡焦点に据えられた主焦点カメラ「Suprime-Cam (シュプリーム・カム)」です。カメラ用の交換レンズに似せた表現だと「焦点距離154,000mm / F1.9 の反射式望遠レンズ」となります。むしろカメラをご存知の方のほうが混乱してしまうかもしれません。私も山頂で実物を見て、反射鏡主焦点、すなわち空中で保持されるカメラ光学系の前玉(最前面のレンズ)の巨大さに衝撃を受けたのを覚えています。
満月1つ分という圧倒的な広視野がもたらす科学的成果は、追随しようとする勢力が現れ、さらにそれを突き放してリードを保つべく、10年後の2008年には浜松ホトニクス製の高感度CCDがインストールされました。さらに2013年にはカメラそのものが、超広視野カメラ Hyper Suprime-Cam (ハイパー・シュプリーム・カム、HSC)に更新されました。ここに至り、視野の広さはなんと満月9個分! 以下にその意義が詳しく記されています。
展示会場では国立天文台から提供されたギガバイト級のHSC画像が壁面いっぱいに映し出されていました。CGではなくホンモノの星像をこのサイズで見るのはもちろん初めて。プラネタリウムとはひと味違う、貴重な宇宙没入体験でした。
60μm以内という要求の、理由と資格と確信
さて、自分で撮ったマウナケア山頂の写真などを説明員の方にお見せするなどで盛り上がっていたら、とっておきの話題を提供してもらえました。
「HSCで撮像面にびっしり敷き詰めた116個のCCD、高低のばらつきを60μmに収めてほしいと要求され、応えました。これ、ものすごく難しかったんですよ」
庭のタイルなら多少の凹凸も味わいですが、そういう話ではありません。HSCでは焦点距離(補正を含む合成焦点距離)が20mを超えています。そんな光学系での60μm以内の要求とは、とてつもないハードルの高さです。
ただ建設当時の取材で主反射鏡の凄まじさも聞いています。直径8.2mの反射鏡を関東平野の大きさに拡大したとしても、コピー用紙1枚(90μm程度)の厚みの差もないほどに磨き上げられた鏡だというのです。
科学者からの要求には必ず根拠と論理があります。「60μm以内に収めてほしい」も、反射鏡の精度、支持構造の強度やたわみ、大気によるゆらぎなどさまざまな条件を勘案した末のものであり、それらが満たされれば追随を許さぬ観測成果が出せるという確信があってのものでもあります。膨大な検討を経ているからこその「60μm」であり、その水準を要求する資格も理由もある..。聞かされてふいに沸き起こった感動を、壁面の精細な星像とともに味わうことができました。
地元の日系人が開いた聖地
マウナケアの天文台群は、1960年代に地元商工会議所に勤務していたアキヤマ・ミツオ氏から、アリゾナ大のカイパー博士(カイパーベルトの存在を示唆するなどした有名な天文学者)への働きかけを契機として始まったものです。近年では新たな大型望遠鏡の建設に対する反対運動もあり、既存の老朽天文台を撤去すれば認めるなど条件闘争も始まっているといいます。ファーストライトから四半世紀。すばる望遠鏡の絶えざるアップデートは、人類初の成果を求めつつ、自らの存亡も賭けた、熾烈な戦いでもあるのでしょう。
(つづく)
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