ビジネスマンと出版社の社長と私
「チョコレートを食べすぎると鼻血が出ると信じているのは日本人だけだ」
by 米国人の友達
プロフィールで書きそびれていたことがある。
実は、私の書いた小説本が一冊だけ出版されている。
予てから小説にチャレンジしてみたいと思っていた。そして、いざ書こうとパソコンに向かってみると、私には物語を通して世の中に強く訴えたい信念も欲求もないことに気がついた。それでも、そのうち何か書きたいことが見つかるだろうとゆるく考えていた。
ある日、友人の周年記念コンサートを聴きながら、翌年に計画している自分の15周年記念コンサートについて思いを巡らせていた。その時である。突然、稲妻のように天からアイデアが降りてきた。
そうだ!ポルノを書こう!
それも、笑えるポルノを書こう!
男女の営みは時にたいへん滑稽である。私はそこに着眼し、作品を書くことにした。そして、私はこのジャンルを”シュールポルノ”と名付けることにした。自分のアイデアのあまりの斬新さに思わず震えた。
私が閃くと、不思議なくらい運命の扉がどんどんと開いていくのが常である。この時もあれよあれよという間に話が整い、知り合いのビジネスマンから出版社の社長とお話するチャンスを頂いた。
その日、ビジネスマンと私そして出版社の社長の三人は、永田町の会員制のオープンイノベーションオフィスで落ち合うことになっていた。ハイグレードなスペースだけあって大きな窓からは見渡しのいい景色が広がり、ダウンライトが灯るこの空間にはラグジュアリーなオーラがあった。私の横に立つこのビジネスマンは、一年ほど前からの知り合いだ。体が大きく、窮屈そうにスーツを纏い、眼鏡の奥で黒目勝ちな目を探るように動かしていた。まるでバッファローのような人だと思う。彼は部屋の温度は丁度いいというのに、先ほどから私の横で額の汗を拭いていた。
「お待たせいたしました」という言葉と共に現れた社長は、小洒落た丸眼鏡を掛けたガチで賢そうな男性だった。スマートカジュアルに身を包み、目尻の皺はその道のベテランであることを窺わせた。
三人で少し広めのテーブルに着き、バッファローが私を社長に紹介する。社長はさっそく私に質問をぶつけてきた。
「どんな小説を書きたいのですか?自叙伝?」
社長の問いに私は首を振った。
私の人生などを書き上げて、一体誰がそれを楽しく読むというのだ。
「いいえ。ポルノです。それも、シュールポルノです」
社長は意外そうな表情をした。私の横でバッファローの手が一瞬ピクンと動いた。
私がシュールポルノとはどういうものなのかを丁寧に説明し、笑いとエロスについて熱く語っている時だった。
「あ……っ」
バッファローの短い声が聞こえるや否や、目の前の社長の目が大きく見開く。横を向くと、鼻血で血まみれになっているバッファローがそこにいた。
「大丈夫ですか!?」社長と私は手持ちのティッシュを全てバッファローに渡した。
「だ、大丈夫です。私に構わずお話を続けてください」
バッファローは大量のティッシュを鼻に当てがいながらトイレに消えた。残された私たちは、気まずい空気を払拭するようにエロスについて語り合った。社長は私の言う「シュールポルノ」にいたく関心を寄せてくれた。マーケット的にはおもしろい展開となりそうだということだった。
しばらくするとバッファローが席に戻ってきた。ヤンジャンの袋とじレベルのエロスで鼻血が出るなんて、なんという素朴な人なのだ。気の利く私は彼の言い訳を先回りしてあげようと「チョコレートを食べ過ぎたのですね」と声を掛けたのだが、「いえ、朝からのぼせ感が」と彼は率直に体調を述べた。いや、だからそれはそれで心配になるじゃないの。
結局、彼は血まみれになったYシャツを交換し、私は社長に短編小説を一作提出することを約束し、面談は終了した。短編小説の提出は、私にどれだけの筆力があるのかを把握してから検討したいというのが理由だった。(当然だ)
その後、私は短編小説を社長に送るのだが、それを読んだ社長が多少興奮気味に「いいよ!これ!本になるよ!」と大絶賛してくれ、出版が決まった。
その本の執筆中、もう一度このオフィスに出向いたのだが、その時の出来事は別稿で書きたいと思う。
いいですか皆さん。チョコレートをいくら食べても鼻血は出ません。鼻血は、海綿体を凌駕する血流が頭に上った時に吹き出すのです。鼻血の量は性の経験値と反比例をします。しかし、年輩の童貞者はその限りではありません。
#実話です 。
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