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カメとして生きることを決めた日

いらっしゃい

ひさしぶりだね?

そろそろ話を聞きたくなったんだね

そうだね こんなふしぎな話はどうかな?

友達のあまめちゃんから聞いた話



テレビ番組制作会社に勤めるAさんの話。


私(Aさん)のいる会社は大きい会社ではないけど、企画力で定評がありキー局の番組をいくつか作っている。

最近はオモウマい店など、素人が出演する番組が受けていて、局からもそのような特番の制作依頼がきていた。

特番とは特別番組の略で、数字(視聴率)が高いとレギュラー番組に昇格するのでとても力が入る。

番組のテーマは「おもしろ素人」で、日本中からおもしろい素人を集めて1位を決めるといったもの。

おもしろい素人の探し方だが、SNSのバズっている人から探す方法か、情報屋と呼ばれるフリーランスのディレクターが持ちかけてくるものを採用する方法がある。

SNSで探す方法は手軽だが流行り廃りのペースが速く、企画から収録、放映までの間にすでにブームが過ぎていることもある。

やはり情報屋の持ってくる「まだ流行っていない」情報は魅力的で、今回もいろいろな方面にオファーを出していた。

そんな情報屋の中の一人が面白い話を持ってきた。

○○県に「カメ人間」なる人物がいるらしい。どうやら自分のことを完全にカメだと思っているらしく言動がとても面白いというのだ。

ものになるかはわからないがとりあえず取材に行くことにした。


東京から新幹線で1時間。

現地に到着すると、よく出没するといわれる公園に向かいカメ人間を待つことにした。

昼を過ぎた頃、公園の入り口からゆっくりとした歩みの男性が入ってきた。
年は40~50歳ぐらいだろうか。

観察をしていると動きがとても遅く、歩き方もどことなくカメっぽい。

ベンチに座り、カバンから取り出したキャベツか何かを食べている。

たしかに風変わりでおもしろい。しかし、ただ動きの遅い人というだけでは番組にならない。

私はさらなる展開に期待しつつ「こんにちはー」と、明るい調子のあいさつをしながら名刺を手渡し、取材の件を伝えた。

彼はカメのように首をすくめ、話だけならと承諾してくれた。


彼は話をすると普通の人だった。普通という表現はおかしいのかもしれないが会話もちゃんと成立する。

仕事は何をしているのか、家族はいるのか、カメとして人間の世界で生きる楽しさや辛さはあるのかなど、話をしていくうちにキャラ付けなどではなく、どうやら本当に自分のことをカメだと思っていることが分かった。

例えるならトランスジェンダーの生物版といったところで、人間として生まれたけど、心はカメで、そのため人間社会になじめず苦労しているらしい。

心はカメと言われても、カメが何を考えて生活しているのかまったくわからないが、極力寄り添って話を聞くようにした。

彼もまともに話を聞いてくれる人間は久しぶりのようで、どんどん饒舌になっていく。

「こんなに自分の話をちゃんと聞いてくれる人は二人目です。」
と笑顔で言った。

「その一人はお友達?」
そう聞くと彼は僕のうちで話をしませんか?と誘ってくれた。


彼はワンルームのアパートの2階に住んでいた。

部屋は余計なものがなくとてもきれいで清潔に感じる。

お茶まで入れてくれたので、カメなのにすごいですねというと
「人間らしいことも一通りできます」と、笑いながら答えてくれた。

私は早速、さっきのお友達の話を聞かせてもらってもよいですかと切り出した。


以下録音書き起こし

僕が小学生のころ、ここよりだいぶ離れたところに住んでいました。

その当時からすでに自分のことをカメではないかと思っていました。

体は人間、でも心はカメなんです。運動もしたくないし日がな一日、日向ぼっこをして過ごしていたい。

小太りでどんくさくて、同級生からはからかわれていましたが、自分はカメだから動きが遅くて当然と思っていたのでそんなにつらくはなかったです。

でも一人だけ、そんな同級生とは違い僕と仲良くしてくれる親友がいました。そうです。さっき言った一人目の人間です。名前はみつひろくんといいます。

彼だけには「僕は心がカメなんだ。本物のカメになりたい」と伝えていました。

彼はそのことを馬鹿にするでもなく普通に接してくれていました。

みつひろくんにはカメのすごいところをいろいろ教えてあげました。

亀の甲羅はあばら骨が進化したものとか、爬虫類だけど実は遺伝子的には鳥に近いとか。

みつひろくんはいつも嬉しそうに聞いてくれていました。
ほんとにいい奴でした。

だからどうしても僕が本当にカメになりたいってことを信じてもらいたかったんです。

そんな時、親の仕事の都合で遠くの街に引っ越すことになりました。

そこで僕はある計画を立てました。

その計画はこんな感じです。

まず、引っ越しの件はみつひろくんには伝えず、彼を引っ越し前日に山中へ呼び出します。

以前から見つけていた、人ひとりがようやく入れる山の中のちいさなほら穴に入り「僕は今から冬眠するから春に起こしに来てほしい」と伝えます。

彼にほら穴の入り口をふさいでもらって、彼が帰った後に僕はそこを脱出します。

ほら穴に再度封をして、僕は遠くの街に引っ越します。

冬休み明けに僕が学校に来ないことで、彼は僕が本当に冬眠していると信じてくれると思ったんです。

春に起こしに来た彼は、ほら穴に僕がいないのを見て本当に亀になってどこかへ行ってしまったと思い込む。こういう計画でした。

馬鹿みたいでしょ?でも当時の僕が考えた精いっぱいの作戦だったんです。
はい、もちろん実行に移しましたよ。

ほら穴に入って、入り口を閉じてもらって。

そして彼が去ったあとほら穴を脱出しました。まさかあんな大きな石でふさいだとは思っていなかったから脱出には苦労しました。

私は誰にも見つからないように家に帰り、翌日引っ越しました。

きっと当時のみつひろくんは信じていたと思います。

今ですか?どうでしょう。

もう何十年もあってないので確認のしようがありませんし。

以上


この時、私はこのカメ人間の話はとても面白くモノになる気がしていた。

みつひろくんを探しだし、数十年ぶりの再会をドキュメンタリー風にまとめるのもおもしろい。

感動巨編になりそうだ。数字も取れるに違いない。

そう思い彼に話をしたが、
「みつひろくんに会いに?いや、それはできないです。彼には信じたままでいてほしいし」と断られた。

何とか撮影許可をもらえないかと粘ってみたが、しつこすぎたのか怒り出してしまい、家を追い出されてしまった。

玄関前で途方に暮れていた私は、あるものに気が付き急いで東京に戻った。


東京に帰り着いた私は、その足でキー局のチーフプロデューサーのもとに向かった。

チーフプロデューサーは番組制作のプロデューサーとは違い、直接取材活動や撮影に立ち会うことは少ないが、番組全体の責任を負い、法規や倫理観などコンプライアンスチェックしながら、番組が放送できるかどうかを判断する役職だ。

話を聞いたチーフプロデューサー(以下チーフP)は
「それは大変だったね。なかなか面白そうな企画になりそうだったのに残念だな。」と答えた。

私は待ってましたとばかりに
「実はちょっとおかしなことに気が付きまして。そっちの方が面白くなりそうな気がしています。」と言った。

「ほう。何かいいネタが?」

「ええ。玄関前で立ち尽くしているとき、ドアについている郵便受けに封書が挟まっているのに気が付いたんです。その宛名が〇〇光春(みつはる)と書いてありました。彼がみつはるだったんですよ!」私は興奮気味に語ったがチーフPはどこか要領を得ない表情をしている。

「え?みつはるってカメ男の親友の名前じゃなかったか?」

「そうなんです。カメ男は本物のカメ男じゃなくて、親友のみつはるなんじゃないかと。」

チーフPはしばらく考えていたがノートとペンを取り出しさらさらと相関図のようなものを書いた。

「君が言ってるのはこういうこと?」

「そうです。みつはるくんは何か事情があってこのカメ人間を引き継ぎ、演じているのではないかと。」

私はノートパソコンを取り出しチーフPに見せた。

「これは過去の新聞記事を調べられるELNETというサービスです。キーワード検索できるので、行方不明、小学生という単語で検索しました。そしたらこんな記事が引っ掛かりました。」


1994年12月23日の地元新聞より


記事を要約すると、

小学5年生の男児が行方不明。

カメが好きで普段から川遊びをしていることが多かったことから、川周辺を捜索していると書いてある。

その後発見に至らず、しばらくして捜索は打ち切られてしまったようだ。

「たしかに。時期や場所もだいたい一致するね。これだけニュースになったのであれば実は引っ越してました、ってことはなさそうだね。」
そう言うとチーフPはじれったそうにこちらを見ている。

「で、君の見解は?」

私はこの記事から導き出した推察を話す。

みつはる少年は友達のカメ人間に「冬眠したい」と言われたのではないか。

あの話であったようにほら穴に案内され、穴に入ったカメ人間に言われるがまま封をした。

おそらくみつはる少年はカメ人間の言うことをその時点では信じきっていたのだろう。

入口を入念に閉じたため、事故なのか、自殺なのかわからないがカメ人間はほら穴から出ることができずに死んでしまった。

そのことを知らないみつはる少年は、川での捜索が始まっても冬眠の邪魔になってはいけないと、誰にも言わなかったのではないか。

春になり起こしに行ったかどうかはわからない。しかし、その後年を重ねるたびに自らがしてしまったことの罪の重さに耐えられず、例の少年になりきることで彼は今でも生きていると自分に言い聞かせているのではないだろうか。

話を全て聞き終えたところでチーフPは、
「その創造力には舌を巻くよ。でも、あくまで想像だし、番組の趣旨とも変わってしまうし、テレビでは出しづらいネタだね。」と、眉を寄せ申し訳なさそうな顔をしていた。

結局、このネタはボツになった。

本当のことはわからずじまいだが、私の推測が正しかったとしたならば、彼は本当のカメ人間が過ごすはずであった人生をこれからも生きるのだろう。


どうかな?おもしろかった?

また遊びにおいで

首を長くして待ってるよ



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