「知る」ために「離れる」:探索的なリサーチのための視点
新しい「価値」を探索するリサーチ活動
サービスデザインやUXデザインを行う上で、デザイン思考のダブルダイアモンド・モデルのスタート地点(※注)である「探索(Discover)」ステップにあたるリサーチを起点に進めていく場合が少なくないでしょう。
いわゆるユーザー中心リサーチや、UXリサーチ、昨今ではデザインリサーチと呼ばれるような探索活動がそれにあたります。
(※注:便宜上「スタート地点」と表現しましたが、デザイン思考を体系的に提唱している英国デザイン協議会や、世界的に著名なデザイン会社IDEOの元CEOで現名誉会長であるティム・ブラウンは、デザイン思考のプロセスはどこから始めても、どの順番で行っても構わない、と言っています。)
わたしたちのデザインチームでは、既存の製品・サービスをユーザー中心に寄り良いものに改良するプロジェクトにおいても、「まだない」製品・サービスを発想したり、既存の製品の革新的な価値転換の可能性を探索するようなプロジェクトにおいても、そのようなリサーチ活動を通じて新しい価値のヒントを探り出すことを非常に重要なものとして位置づけ、取り組んでいます。
中心から距離をとって、意味でつながっている別世界に目を向ける
そのようなリサーチ活動は言ってみれば、何かしら新しい価値を見出すための「価値探索リサーチ」と呼ぶことができるでしょう。
価値探索リサーチを行ううえで、気をつけないといけないことがあります。
それは、仮に何かしら探索しようとするテーマがあるとして、そのテーマに直接的に関係する「ど真ん中」の領域だけを安易に見ない、ということです。
特に、これまですでにユーザー中心の視点から様々な改良が繰り返されていて、もうこれ以上革新的なアイデアが見込めないような成熟した製品・サービスをアップデートしようとするプロジェクトや、過去の延長線上に未来を考えていても根源的な価値転換のヒントをつかめないような、ある製品の少し遠い未来のあり方を見つけようとするプロジェクトに取り組む場合には、その重要性はさらに高まります。
たとえば、「キッチン」を例に挙げて考えてみましょう。
自分自身がキッチンの製品開発に関わっているデザイナーや開発者だと仮定して、自社が製造している既存のキッチン製品の来年発売予定の新製品をユーザー中心発想で改良するプロジェクトに取り組む場合、どんなことから改良のためのヒントを探っていくでしょう?
人間中心デザインやUXデザインの観点からオーソドックスなやり方としては、まず最初に現状のキッチンユーザーに対して、製品の利用状況の把握と明確化(明示)のためにインタビュー調査や行動観察、ユーザーテストなどを行うことで未だ語られていない問題を発見するアプローチが挙げられます。さきほど設定したプロジェクトテーマの場合なら、このようなやり方は合理的で有効なものだと言えるでしょう。
しかし、取り組むべきテーマが、現時点から10〜15年後の「キッチンのあるべき姿と未来の意味」を描き出す、だとしたら先ほどと同じやり方でヒントを拾い集めることができるでしょうか?
今はまだ「何を知らないのか」すらわからないような世界を知ろうと思えば思うほど、いま自分の目の前に広がっている世界=探索しようとしている中心テーマから距離をとって、中心テーマの外側にある周辺的な世界や、さらには自分が知りたいと思っている中心テーマとは一見何の関係もないように見えるけれども、穿って見ると「意味」でつながっていそうな別領域に探索する範囲を広げて、いろいろな情報や変化の”きざし”を拾い集め、つなぎ合わせていく過程で、新しい世界観が拓けてくる可能性があるのかもしれません。(図1参照)
例に挙げたキッチンを題材にすると、中心テーマから近い距離にある「水回り設備」「料理」「家事」などはイメージがつきやすいでしょう。さらに、そこから外側に視野を広げると、「家事」の常識を構築しているのは「家族観」や「倫理観」のような社会通念なので、そういった概念が10年後にはどう変化していくのか?社会の「あたりまえ」を決定づける「法律・規制」の近い将来のあり方はどうなるか?などについても調査対象を広げていくことで、単にキッチンという製品や、住宅という産業・業界に閉じた視点からだけではなく、未来のユーザー(生活者)が近い将来に日々の暮らしを営むであろう社会的・文化的な変化の視点から、キッチンという製品を通じて提案すべき新しい価値(意味)は何か、についてのヒントを見い出す可能性が広がるのではないでしょうか。(図2参照)
フィールドワークは、野良仕事
ただ、このような外へ外へと探索領域を広げ、「意味」のつながりに着目しながら「見る世界」を多様にしていくアプローチは面倒で手間がかかります。
効率よく問題を発見したり、ニーズを理解するなら中心テーマに焦点を当てて、過去の延長線上に未来を予測するアプローチのほうが合理的だと言えるでしょう。
しかし、これまで見えてなかったこと、見ようとしなかった世界に目を向け、傍目には無関係にも見えるいくつもの「意味」をつなぎ合わせる作業に没頭することでしか浮かび上がってこないものもあります。
著名な社会学者である同志社大学商学部教授の佐藤郁哉先生は、一見ムダと思える手間を惜しまず、長期的な視点で豊かな収穫に期待して取り組むこのようなリサーチを農作業に例えて、下記のように表現しました。
人間が都合よくコントロールできない自然を相手にする農業は、晴れたり曇ったり、予測もできない悪天候と向き合いながら、作物を育てる過酷な仕事です。大切に育てた作物が収穫を目前に台風で吹っ飛んだりすると、それまで手塩にかけてやってきたことがすべて水の泡になってしまったようにも感じるけれど、一見何も残っていないようにも見える土の中にはしっかりと養分が蓄積されていて、また次の収穫の時期には豊かな実りをもたらしてくれる。だから、ムダなことなんて何もないと信じて野良仕事=フィールドワークはやるんだ、と佐藤先生は言っているんですね。
手探りで、不安なことだらけだけど、未知の世界に足を踏み入れて、新しい世界を探索しましょう。
つってね!
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