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2024年 個人的年間ベストアルバム

まえがき

年間ベストアルバムとタイトルにはありますが、今年もほぼただの日記(新譜リスニングの年間備忘録)みたいな感想集です。完全に個人の趣味で、よく聴いたアルバムを気分のままに適当な漢字にカテゴライズしたので、その内容で語らせてください。

昨年の記事はこちらから。



『揚』

─── いきおいがある。精神や気分が高まる。「揚揚」「高揚」

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『Family Business』 / Lawrence

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『ただようだけ(Side A / Side B)』 / 田中ヤコブ

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『A Dream Is All We Know』/ The Lemon Twigs

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今年聞いてテンションが上がったアルバムと言えば?という質問にまず思い浮かぶのはやはりWishy。00年代のオルタナロックの空気をギュッと閉じ込めたような雰囲気がたまらない。"マイブラフォロワー"フォロワーというサウンドに緩急をつけた印象で、個人的にはLuminous OrangeやFleeting Joys、The Pains of Being Pure at Heartを感じる瞬間が多くてちょっと懐かしさがあった。とにかく一曲目「Sick Sweet」の破壊力が凄い、このイントロ16小節の高揚感に魅力の全てが詰めこまれている。

次に、YouTubeで急にレコメンドに上がってきたLawrence。ClydeとGracieの兄妹ユニットが繰り出すポップ・ソウルはとてもキャッチーで聞きやすい。時にはモータウンサウンドのパロディみたいな曲もあって、ソウルミュージックへの親密さを感じる。ただ"狙った感"も強いので、好き嫌いがはっきり分かれると思うけど、自分の場合はスタジオライブの映像から入ったのが良かったかもしれない。こんなに見てるだけでハッピーになれるパフォーマンス、そうそうない。

それから、家主のVo./Gt.でもある田中ヤコブのまさかの2枚組ソロアルバム。サウンドは宅録感が強く、録音のクオリティはそこまで良いとは言えないのだが、その分温かい手作り感にあふれた作品でそこが逆に刺さる。この人の多作家っぷりには驚くが、ハイペースでリリースしていながらグッとくるメロディーの曲が目白押しで楽曲の強度は全く落ちない。ここにきて稀代のソングライターという地位を完全に確立した感がある。

そして強制的にでも元気を出すのに、最もお世話になったのはThe Lemon TwigsことD’Addario兄弟のアルバム。初期のスタイルに戻って、60年~70年代っぽいサウンドと陽気なコーラスハーモニーが炸裂している。これがThe ByrdsやThe Beach Boys(というかあまりにもBrian Wilsonそのもの)を彷彿とさせ過ぎて、昔の曲のリマスターか何かと言われたら信じてしまいそう。フレッシュなノスタルジーという不思議な感覚を味わえた。いつか真夏の海辺で聞いてみたい。


『歩』

─── あるく。あゆみ。「歩行」「散歩」「徒歩」

『My Light, My Destroyer』 / Cassandra Jenkins

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『a pool, a portal』 / Tristan Arp

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『Endlessness』 / Nala Sinephro

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歩くことが好きなので、移動方法は主に徒歩になるタイプ。今年もそのお供として多くの音楽にお世話になった。本格的に暑くなる前の初夏の朝、在宅勤務前の散歩でよく聴いていたのがCassandra Jenkinsの2nd。前作から地続きのような感覚で、自然との繋がりといったテーマを、より柔らかくエレガントに深めたような印象だった。随所に挟まれるインスト曲のムード独特で、心地よさの中にどこか孤独感も漂っている。静かな公園や田舎道を一人歩くのが似合う。

逆に会社からの帰路の途中、夜道でよく聴いたのがTristan Arp。音のテクスチャが幾重にも重なり合って、雑踏や行き交う車の中、音が目の前を通り過ぎるように次々と現れては消えていく。そして音の余韻だけが残り香のように心地よく漂い続ける。仕事で活性化しすぎた脳を緩やかにクールダウンさせるのにちょうどいい。

そして、聴いているとどこまでも行けそうな気になるNala Sinephro。アンビエント・ジャズとカテゴライズされてはいるものの、もっとジャンルレスな自由さがある。とにかく1枚を通して一つの壮大な宇宙が構成されているよう。成層圏を飛び出し無重力の宇宙空間をさまよって、ラストはワープホールを通って地表へと戻ってくる…。自分でも何を言ってるかわからないがそんなスケールの感覚がある。聴いているうちにハープとモジュラーシンセの心地よいサウンドが頭を支配していき、自然と心が無になっていく。そして、気づけば内省や思考が促されている。アルバムを聞き終えた後は他のどんな音楽を聞いてもミスマッチになる程の余韻に浸ることができた。


『靄』

─── もや。かすみ。「靄然」

『Two Star & The Dream Police』 / Mk.gee

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『A Lonely Sinner』 / samlrc

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『Mosaic』 / Fennesz

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『Forgetting You Is Like Breathing Water』 / Forgetting You Is Like Breathing Water

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毎年新譜を聴いていると、良く分からないけど何度も聞きたくなるというタイプの作品に出合う。初聴きから頭にクエスチョンマークが飛び交ったMk.geeのアルバムは、正直まだ全く消化しきれていない。それでも繰り返し再生してしまう謎の中毒性がある。The Policeを思わせる80年代のポップサウンドに、フィルター越しのようなくぐもった質感の音。その一音一音は凄くポップでキラキラしているのに、全体がミックスされるとすごく奇妙な夢の中にいるようなサウンドスケープが生まれている。その不思議さがクセになって惹き込まれた。

SNSの話題から知ったブラジルの女性ベッドルームアーティストsamlrc。本の挿絵のような可愛らしいジャケットながら、不穏でメランコリックな世界が広がる。サウンドはインディーフォーク~アンビエント~シューゲイザー~ポストメタルといった様々なジャンルがその時々で顔をのぞかせるが、どれも掴みどころがない。聞きながら思い浮かんだのはParannoulやGY!BEといったアーティスト。その中で徐々に激しさを増していく展開は、内なる混乱と怒りが爆発する瞬間を表現しているかのようだった。

それから『Venice』20周年盤を聴いたのをきっかけに、ようやく多少その聴き方を分かってきたFennesz。今年は長らく理解しきれなかったジャンルにも少しずつ触れ始めた年だった。煌めきとざらつきの間、重厚で叙情的なノイズとドローンの海へただただ身をゆだねるだけ。こういうジャンルは今年から少しずつ輪郭をつかみ始めたけれど、不思議と安らぎがある。

そして米国出身、トランペットとギターなどマルチ奏者のデュオ、Forgetting You Is Like Breathing Waterのデビュー作。ポストロックを連想する長いバンド名の通り、ポストロック~アンビエント~スロウコアを行き来する静かな世界。和音の透明感やギター一音一音の粒立ち、ささやくようなトランペットの絡まりあいに、心地よく包み込まれていく。と、ここまで良いところしかないのだが、最後の最後に積み上げたすべてを破壊しつくす衝撃のラストが待っている。2024年一番途方に暮れた余韻を残した1枚だった。


『弾』

─── はずむ。はじく。はねかえる。はずみ。「弾力」「弾性」

『Three』 / Four Tet

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『Cascade』 / Floating Points

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『Your Favorite Things』 / 柴田聡子

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2024年はダンス/エレクトロニカ勢の怒涛のリリースラッシュがあったけど、その中でも一番好んで聞いていたのはFour tetだった。サウンドは非常にキャッチーながらも、日常の背景に自然と溶け込むようにすっと馴染む感覚がある。在宅時のBGMにちょうど良くて、気づけばたびたび流していた。ハイライトは、メロディアスな上モノが凄く耳を惹くけどその下でしっかりうねったテクノビートが鳴っている「Daydream Repeat」と、Four tet解釈のシューゲイザーとも呼べそうな「Three Drums」。

次に印象的だったのはFloating Points。前作『Crush』やPharoah Sandersとの共作を一通り聞いていた程度で、どちらかと言えばジャズ的要素があってミニマルなイメージがあった。ところが今作は打って変わって、シンプルながらもとてもエネルギッシュなガチガチのダンスアルバムに仕上がっていて驚いた。「Birth4000」や「Fast Forward」では、まるで規則的にボールがバウンドするようなハウスビートや、きらめくシンセサウンドが凄く印象的だった。

そして、これまでストレートな弾き語りやバンドサウンドに、誠実でくっきりとした歌唱が特徴という印象があった柴田聡子。岡田拓郎をプロデューサに迎えた今作は明らかな転換点で、柔らかく輪郭があいまいで溶けていくような歌唱と、メロディーへの歌詞の乗せ方に心をつかまれた。特に<<足の耳の指の腹の胸のおでこの>>などのかなり自由なワードチョイスと、音節を跳ねるように切って、半ば強引にメロディーに乗せて歌ってしまうことを楽しんでるようなフシがあり、まるで新しい言語を体験しているような瞬間が面白かった。明確に自分の好みのツボを突いてこられ、上半期かなり聞いていたアルバム。


『彩』

─── いろどる。色をつける。「彩色」

『see you, frail angel. sea adore you.』 / Homecomings

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『Mahashmashana』 / Father John Misty

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『Things We Have in Common』 / Efterklang

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今年もその作品1枚を通じたムードによって、生活に色を添えてくれたアルバムがあった。何度か聴いているうちに、これさらっとめちゃくちゃ凄いことをやっているのでは?と思ってきたHomecomingsのメジャー3rd。海外のインディーロックやドリームポップ、エレクトロニカからの影響がしっかり落とし込まれている一方で、曲構成や歌メロからはあくまでJポップ/Jロックとしての軸があることが感じられる。特に「Slowboat」はそのフォーマットをしっかり体現しつつ、彼らの持ち味である透き通った空気感と抜群のメロディーセンスが融合した曲に仕上がっている。出だしからあまりにいいボーカルメロディーとギターの残響間の絡まりに心をググッと掴まれてしまい、年末ずっとリピートして聴いていた。

Father John Mistyの6thアルバムは、正直なところ歌詞をほとんど解釈できないので彼の魅力の半分も理解できてないのだろうけど、それでもとても聴きごたえがあった。華々しいオーケストラをフィーチャした9分もある表題曲「Mahashmashana」、荒涼と吹く風と爆発的なカタルシスを感じる「Screamland」、ポストパンク風の無骨なアップビートがカッコいい「She Cleans Up」、ピアノとディスコ風のリズムで飾ったアートロック「I Guess Time Just Makes Fools of Us All」など、どこを切り取ってもバラエティに富んだ曲が並んでいる。そしてラスト「Summer’s Gone」では牧歌的なバラードで静かに締めくくられる。聴いた後はまるで濃密な短編集を読了したような余韻があった。

どこかスピリチュアルで超常的な雰囲気が漂っていたEfterklangの7thアルバムだけど、終始その楽曲の表情は優しくて居心地がいい。今作では2007年にバンドを離脱した元メンバーのRune Mølgaardが9曲中7曲で作曲に参加しているし(過去アルバムでは1、2曲程度の参加だった)、他にもBeirutなど多くのミュージシャンが参加した作品となっている。そんな中でも、彼らの真骨頂であるメロディーの良さが際立っており、作品を通じてストレートに心に響くボーカルハーモニーの美しさが感じられる一枚だった。


『癒』

─── いえる。いやす。病気が治る。「癒合」「快癒」「治癒」

『Lives Outgrown』/ Beth Gibbons

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『Super Legend』/ 阿部芙蓉美

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『This Ain't The Way You Go Out』 / Lucy Rose

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2024年、自分はなにか明確な救いを求めていた年だったように思う。ただ、ここに並べたのは、三者それぞれが困難と向き合い、カムバックする個人的な物語である。そこから生み出された作品と作り手のプロセスよって、聞き手である自分の心も癒やされた。

Beth Gibbonsは、年齢を重ねた変化と”lots of goodbyes,”("たくさんの別れ")を経て、10年越しで完成した温かな哀愁が漂うソロアルバム。今年、色々あってようやくPortisheadを理解できたということもあったのだけど、Portishead(特に『Dummy』)の暗く・悲しく・どこまでも冷たい悲劇のようなイメージとは対照的に、ダークな曲調の中にものすごく温かみがあるアコースティックなサウンドが奏でられている。もちろんその中でBethの張りつめるような幽玄なボーカルは健在なのだが、そこには緊張感や気負った雰囲気はない。これが彼女の自然体のボーカルスタイルなんだ、といった印象さえ受けた。またSNSに投稿されていたオフショット(ツアーメンバーと笑顔で集合写真を撮っている)や、フジロックのステージ(見れなかったのが本当に悔しい…)のレポからもこれまでのイメージを覆される一面を知れた。作品の中では、特に「Rewind」~「Reaching Out」の流れと「Beyond The Sun」がお気に入りで、全然ジャンルは異なるがどことなくTOOLを思い出すリズムや、民族音楽を想起させるサウンドが一風変わったムードで面白かった。

遠ざかっていた音楽への距離感の悩みを抱えながらも、11年ぶりに制作された阿部芙蓉美のアルバム。そこには、日々をただただ生きることの大変さをテーマとした実直な感情がある。バンドとして音数を極限まで削ぎ落としたサウンドの中で、日常からの逃避願望を<<初夏に帰りたい>>と「シュッ」で切実に表現したかと思えば、<<籠りたい 三週間ぐらい お布団が好き 出前のアプリ>>とゆるく歌う「オーガンジー」など、トラックが進むにつれてほんの少しずつ気分も軽くなっていく。そしてラスト「鳥」で自由に飛び立っていく。そこには聞き手に”私はこんな感じなんだけど、最近どう生きてる?”と問いかける様子があった。ちなみに念願のライブも今年ついに見ることができ、この人の持つ歌声、世界観、曲が纏う唯一無二の空気を生で感じることができた。生音なのかと錯覚するぐらい凄くミニマムな造りだったけど、本当に素晴らしくて完全に浄化される体験だった。「Neverland」で聞いた<<道草もいいよ 生きていく>>の歌詞は、心に刻みこまれている。

Lucy Roseのアルバムは、出産とその後の難病の苦しみを乗り越えてたどりついたという、これまでのフォークSSWスタイルをルーツとした新境地だった。実はアニメ”蟲師”の主題歌を歌っていたのを後から思い出したのだけど、今作のモダンで厚みのあるプロダクションと全然違うので、最初は全く気付かなかった。それだけ作風が変化した今作では、歯切れのいいピアノと、グっと前に出た流れるようなパーカッションがジャズへの接近を特徴づけている。特に「Could You Help Me」や「Over When It's Over」では、それらが入り組みあったブレイクビーツのようなグルーヴの上に、さらっとしたボーカルが乗る心地よさがある。思い浮かぶのはプロデューサが同じSamphaの昨年作と、70年代のJoni Mitchellであり、強引に言えばその二つが掛け合わさったような印象。ハイライトはラスト「The Racket」。ヒップホップのようなビートとあえて外したコードのピアノで始まる曲は、次第にカオティックになっていき<<I said thank you thank you thank you thank you…>>と、困難に対してもあまりにポジティブに終わっていくのが圧巻だった。

それぞれのアルバムを並べて眺めてみると「Oceans」、「凪」、「Sail Away」と"海"をテーマにしたトラックが共通して入っていたのが印象深い。やはり人は自分を見つめ直し、次へと進むとき海へと向かうのかもしれない。海へ行きたい。来年は海へ行こう。


あとがきにかえて

ベストアルバムには挙げませんでしたが、2024年見たライブの中でベストだった宇多田ヒカルのSFツアーのライブ盤と、ライブを見た感想記事を番外編としてここに載せておきます。

『HIKARU UTADA SCIENCE FICTION TOUR 2024』 / 宇多田ヒカル

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2025年が皆にとって少しでも良い年になりますように。

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