英語を使って、何をしたいですか? 「使うための英語 ELF(世界の共通語)として学ぶ」はじめに
出版社さんから了解をいただき、12月23日、本日発売になった「使うための英語 ELF(世界の共通語)として学ぶ」の、「はじめに」を公開します。
ずっと長く英語を使い、教え方を学び、研究してきた、その集大成としてまとめた、初めての本です。
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はじめに
英語の勉強法について相談されることがよくある。その際、私はまず、「なぜ英語を勉強したいのか」を、くわしく聞く。すると、多くの人は次のように言う。
本当は単に「英語の勉強」をしたいのではなく、英語を使って何かをやりたい。使うために、英語を学びたい。
英語を使って何をしたいか、明確な人もいれば、模索中の人もいる。しかし、日本語の枠を超えて何かをやりたいという思いは共通している。英語が世界とつながり、世界に出ていくための「世界の共通語」だから、英語を学びたいのだ。
こうした人々が、できるだけすぐ、効果的に英語を使うのに役立ててほしくて、本書を書いた。
「共通語としての英語」とは
英語を使えるようになりたいとき、何から始めるといいだろうか。まず中学・高校で学んだ基礎文法を復習するか。それとも、TOEICなどの英語の試験を目標にして試験勉強で実力をつけようか。しかし、これでは学校英語の延長だし、英語を使ってやりたいことを実現するのに時間がかかりそうだ。もっと、すぐに英語を使いはじめる方法はないのだろうか。
そもそも、英語は「世界の共通語だから重要だ」と散々聞いてきたが、「世界の共通語」とは具体的にはどういうことなのだろうか。学校で学んできた英語とは何か違うのだろうか。そして、英語が「世界の共通語」だとすれば、どうして自分はこれほど苦労しているのだろう。世界中の人々も同じような苦労をしているのだろうか。
私も、こんな疑問を考えながら、長年英語を使ってきた。その答えを探しているうちに社会言語学者になり、今は大学で英語を教えている。この経験を通じて、ELF(English as a Lingua Franca =エルフ)という考え方が、日本で英語を学び、使いたい人々に、新しい視点とより効果的な学習法を提案できると信じるようになった。ELFとは、英語を「世界の共通語」として捉え直す社会言語学の概念である。
大学でも、以下の「ELF発想」を取り入れて教えている。
①目的志向:英語でやりたいことを具体的にイメージする
②必要順と割り切る:自分が「必要な英語、使いたい英語」に焦点を絞る
③使いながら学ぶ:今ある英語力を最大限に活用し、不足部分は学び加えていく
④マルチリンガルの力を活いかす:英語力だけでなく、日本語力も活用する
⑤相手を考える:自分の英語が相手にどう伝わるか、世界の多様な文化に配慮する
本書では、このELFの新しい英語観と、ELF発想の英語学習法を詳しく紹介する。
英語を使いながら学ぶ
「ELF発想」は、世界中の英語ユーザーが英語をどう使っているかを理解し、その現実から学ぶことを意味する。これは、英語はこうあるべきだという「建前」ではなく、日々のコミュニケーションで英語を使うノンネイティブの「実践知」に学ぶ、ノンネイティブならではの学び方とも言える。
たとえば、「使いながら学ぶ」がその一例だ。私は、英語を使って仕事で活躍している200人近くに「私の英語史」を聞き、彼らが直面した課題には何があり、それにどう対応し、どう英語力を伸ばしてきたかを研究してきた。そして、多くの人から、「習うより慣れろ」「できることからやれ」「完璧な英語などない」と言われた。
日本の先端技術の専門家がとくに印象に残っている。彼は、長年、世界中のエンジニアたちと英語を使って仕事をしてきた。英語は嫌いではなかったが、仕事で使うとは思っていなかった。しかし、20代後半で突然、台湾の国際プロジェクトに入り、世界各地から集まったエンジニアたちと英語で仕事をすることになった。最初は彼の英語はぼろぼろだったが、無我夢中で英語を使っているうちに、なんとかなるぞと自信がついてきた。
2年後に帰国すると、社内では「国際経験あり」と評価され、次々と国際プロジェクトに呼ばれ、その後数十年、海外のプロジェクトに携わり続けた。部下によれば、勝負どころでの彼の英語の交渉力はすごくて圧倒されるそうだ。彼は、「大舞台の重要なプレゼンはあえて若手のエンジニアに任せるようにしている」と言った上で、こう話してくれた。
英語は使わなければ上達しない。使う経験の中でうまくなる。プールサイドでずっと練習していても泳げるようにはならない。まずは水に入り、もがきながら学んでうまくなる。だから、プールに突き落とすつもりで若手に現場で英語を使わせる。日本人はみんな学校で英語を勉強しているから、知識はある。あとは知識の錆さびを落として使う練習だ。使いながら、失敗に学びつつ、小さな成功を積み重ねると、ぐんぐんうまくなる。そして1年もすると、独り立ちして英語を使っている。
多くのビジネスパーソンが、英語で悪戦苦闘しているうちに、学校で学んだ英語が「自分のコミュニケーションの道具に変わった」瞬間があったと振り返る。今は世界で活躍するノンネイティブのビジネスパーソンも、多くは失敗しながら英語を使う時期を一度は通り、工夫を重ねて英語力を伸ばしてきたのだ。このような、使いながら学ぶ「経験学習」は、学びの王道である。とくに大人の生涯学習では、「経験学習」の重要性を膨大な科学的研究が立証している。だから、私は「使いながら学ぶ」を、英語を教える際の柱にしている。
好きなことから始める
ここまで読んだ読者の中には、こう思う人がいるかもしれない。「『使いながら学ぶ』のが効果的なのはわかった。でも、自分の今の仕事は英語とは縁がないし、周りに英語を話す相手もいない。プールに飛び込もうにも、英語のプールがない。どうすればいいのか」。
「英語を使う機会がない」ことが、長い間、日本の多くの人が英語を苦手とする理由と言われてきた。国内にいる限り、「今」は英語を使わないが、ある日突然、海外旅行や仕事で急に英語が必要になる。大学でも、今すぐには英語を使う具体的イメージは湧かないが、いつか英語を使いたいと考える学生に多く出会う。この予測できない「未来の英語を使う日」に向けて、ひとりでコツコツと英語を勉強し続けるのは、苦しい。
この漠然とした英語への興味を、今日英語を学ぶ意欲にどう、つなげるか、これは多くの日本人が抱える悩みである。
この課題への最善の取り組みは、まず英語を「自分事」にすることだ。ぼんやりとつかみどころがない英語への関心を、「自分にとって一番大切なこと、気になること」に結びつける。
自分の好きなこと、つまり、日本語でワクワク楽しく話していることについて、英語で話す練習をしてみる。自分の興味のあること、つまり、日本語でならぜひ知りたいテーマについて英語で検索し、英語の動画や記事を理解しようとしてみる。自分の興味や好奇心を活かして英語を使いはじめ、使いながら英語力を伸ばす。
英語で自分の好きなことをするのが上達の秘ひ訣けつとは、すでに聞いたことがあるかもしれない。しかし本当の意味で、この方法がすべての人の英語学習で可能になったのは、最近のことだ。もちろん、これはインターネットとテクノロジーの驚くべき発展のおかげである。
世界のインターネット上の情報発信の約50%が英語で行われ、対して日本語は5%だと推計されている。誰にでも飛び込める、広大な「英語のコンテンツの海」が、目の前に広がっている。この英語コンテンツの海では、ネイティブやノンネイティブの区別もなく、誰もが泳げる。この膨大な英語コンテンツの魅力は、説明が不要だろう。しかし、広くて深すぎて、どう始めたらいいかわからない。
本書では、このインターネットの「英語のコンテンツの海」にそろそろと入り、泳ぎはじめる方法も紹介する。
自分の好奇心をきっかけに英語を使いはじめ、英語力を伸ばしてきた英語ユーザーに数多く出会ってきた。最初は好奇心で英語を使いはじめた人々も、使っているうちに英語が上達していく。英語の世界に飛び込み、英語の情報に触れているうちに、英語を使う新しいチャンスに出会う。英語力を伸ばす中で、英語の世界が身近になっていく。
英語を使った仕事に興味をもち、仕事に関する好奇心を探求しながら英語を使っているうちに、面白い仕事の情報に出会うこともある。
本書では、こうした英語学習法の具体的な作戦を、誰にでもできるやさしいことから、順を追って案内する。
本書の構成
「英語を使いながら、英語力を伸ばす」ことが可能になったのは、英語が世界の共通語、ELFになったからである。だから、序章では、学術的な用語を避け、ELFについて世界的な視点から俯瞰かんする。第1章では、ELFとして英語を使う個人の視点から、ELFの「5つの特徴」と、効果的な学び方の指針になる「5つの作戦」を紹介する。
続く4つの章では、ELF発想を取り入れた、英語の学習法を提案する。この学習法は、始めやすく、重要度の高いスキルから順に構成した。各章では、下図のようにテーマを設け、具体的な方法を詳しく説明している。
もし、すぐに具体的な学習法を知りたければ、第2章から読みはじめることもできる。ただ、なぜこの学習法がいいのだろうと思ったら、ぜひ序章と第1章を読んでほしい。
前書きが長くなった。さあ、ELFを紹介する序章に進もう。
(まえがき、著者略歴は『使うための英語―ELFエルフ(世界の共通語)として学ぶ』初版刊行時のものです)
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ご興味をもっていただけたら、お近くの本屋さんでお手にとっていただけるとうれしいです。