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英語嫌いから始めて、ELFに出会って、英語研究者になった自己紹介② 英語は面白いけど、続けるのが難しい

初めて英語を使ってわかったことと、門番について  

私は、大学で英語を教え、英語の研究者をしています。

そして、2024年12月末に、英語の学び方の本を新書で出版することになりました。2年ほど前から、試行錯誤しながら書いてきた本です。

使うための英語―ELF(世界の共通語)として学ぶ
(中公新書, 2836)
Amazon https://amzn.asia/d/9KXFzDg

この本では、ELF(エルフ)「共通語としての英語」という、世界的に研究が進んでいる、英語の新しい考え方を紹介し、ELF発想の英語の学び方を提案しています。日本では無名に近いですが、ELFはノンネイティブならではの強さを認める発想で、英語で苦戦している日本人の背中を、ドンと押してくれる考え方だと思っています。

このELFを日本のもっと多くの人に知ってほしくて、この本を書きました。
私にとって初めての本がより多くの方に届くことを願って、著者として何ができるか考え、noteで「私と英語」について書くことにしました。

さて、ELFに出会うまでの自己紹介は、こんな予定です。
そして、このnotoは、第2話になります。

第1話: 高校まで―なぜ日本の学校で英語学ぶのが難しいのか
第2話: 大学で初めて英語を使う―門番について
第3話: 就職と中国留学―英語を棚上げすることにした
第4話: 北京で英語を使って仕事をする―ビジネス英語初心者の課題
第5話: アメリカのMBAに行く―アメリカに行って思ったこと
第6話: イギリスに16年家族と住む・英語の先生をめざして言語学博士になる

前の記事では、高校で英語が苦手だったことを書きました。ここでは、大学で初めて英語を使ってみた経験を書きます。


初めて教室の外で英語を使って思ったこと

noteの第1話に書いた高校までの英語嫌いは大学に入っても変わらず、私と英語の距離は近づきませんでした。「英語をうまくなりたい」と思う気持ちはあったものの、必修単位を取るための英語勉強しかしていませんでした。

ところが、大学の2年生の時、幸運が重なり、青少年の国際活動に参加し、集中的に英語を使うことになりました。

やったことがなければ、出来ない

このプログラムでは、東南アジアの若者たちと一緒に暮らし、ほぼ2カ月、参加者全員の共通語である英語を使う毎日を経験しました。

この年、日本の参加者の半分強は英語がとても得意で国際的な活動をしてきた人で、半分弱は様々な社会活動はしているが英語との縁は薄い人でした。私は、英語が得意じゃない方でした。

私にとっては、学校以外の場所で本格的に英語を使う初めての経験でした。

まず初日から、リスニングがあまりに出来なくて、英語の高い壁に囲まれ、周りの様子がわからない、狭い穴に閉じ込められてしまったような気がしました。今思えば、それまで大してリスニングの訓練もしていなかったので、当然のことです。

言いたいことは、つっかえつっかえ、なんとか伝えられました。ただ、それまで教科書の英語しか知らなかったので、どう表現したらいいかわからないことがたくさんありました。教室で出会ったことのない英語表現には全く歯が立たず、「学校でやってきた英語」と「実際に使う英語」は、全然違うんだなぁ、と妙に感心しました。

英語のdiscussionができない

今でも鮮明に覚えているのは、英語でのdiscussionに参加した時の無力感です。

プログラム中に何度も海外の青年との英語のdiscussionがありましたが、私はそれまで、英語のdiscussionなど、したことがありませんでした。そもそも、私は今、英語のdiscussionを日本語で何と表現したらいいか適当な表現を見つけられず、困っています。話し合い? ディスカッション? 議論? どれもしっくりしません。

多様な意見を持っている人が、一つのテーマについて意見を言い合い、その多様性の中から、自分とは違う視点を得たり、新しい発想をいっしょに作ったり、自分の考えを深化させたりする。それが、私が理解する、英語のdiscussionの目的です。日本語でぴったりの呼び方がわからないので、ここではdiscussionとひとまずよんでおきます。

この当時の私は、英語のdiscussionの意味など全くわかっていなく、とにかく与えらたテーマについて、自分の意見を英語で言えばいいと思っていました。

しかし、discussionの間、他の人の英語の意見が聞き取れないから、議題についてどんな意見が出て、どう進んでいるかよくわかりませんでした。意見を言おうにも、何を言えばいいかわからないわけです。

まわりの人の意見を耳をそばだてて聞き、飛び込んできた英単語をヒントに話の筋を追い、なんとか理解する。少しでもいいから、自分なりの意見をまとめて、英語で言ってみる。私の周りを囲む英語の高い壁をよじ登って外を覗けるように、英語と格闘しているような感じで、英語のdiscussionに参加しました。

しかも、このプログラムのdiscussionでは、参加者が順番に議長と秘書の役割を担当するルールでした。私は、議長をするのは到底無理なので、せめてと思って秘書、つまりsecretaryを引きうけたものの、何をすればいいか、全く知りませんでした。

Secretaryは英語で議事録を書くのが役割なのですが、このMeeting Minutesを、書くことはもちろん、見たこともなく、途方に暮れるばかりでした。

親切なシンガポールの友人が最初から最後まで、議事録を書くのを手伝ってくれて、議論の流れの要点を英語で下書きまでしてくれました。
discussionの後で、「あとはタイプすればいいだけだよ」
と手書きのMeeting Minuteを渡されました。

しかし、当時の私は英文のタイプさえまとも出来ず、人差し指2本で、ぽつぽつ打つのがやっとでした。もちろん、英語の議事録の書き方の様式もわからず、タイプでの仕上げまでその友人にお願いする情けなさでした。

社会で使う時に必要な英語力と、学校で習ってくる英語には、大きな違いがあるんだ、と強く思いました。

練習すればできるようになる

今、数十年英語を使い、研究も読むようになって、これはシンプルな道理だとわかります。英語は、原則、「練習してきたこと」は出来るが、「練習したことがないこと」は出来ないのです。

英語の基礎を学んできても、突然応用まで出来るようになるはずがありません。やりたいことがあれば、そのことに焦点をあてて練習するのが一番いい。英語を使う目的にあわせて、練習するのが一番の近道なのです。

だから、あのプログラムの後、私は英語discussionの練習をすればよかったのです。でも、そのことに気づかなかった私は、その数年後、アメリカに留学して、ふたたび英語discussionで散々苦労します。

その後、英語研究者になり、仕事で英語を使ってきた方の経験談を聞く研究をしてみて、「英語のMeeting」は多くの日本のビジネスパーソンに共通の課題だとわかります。

仕事で必要な「英語のMeeting」の基本は「英語のdiscussion」であり、この「英語のdiscussion」を学校などで学ぶ経験がないと、「英語のMeeting」で苦労するのは当たり前なのです。

英語を社会で使う時、誰かと協力して意見を言い合いながら問題解決をするのは、日常的に必要です。だから、実社会で「英語を使いたい」人は、discussionやmeetingの参加や発言の方法を練習することがとても重要だと私は考えています。

実は、discussionは、アメリカやイギリスをはじめとした多くの国では、中学ぐらいから、いろいろな科目に取り入れられています。社会や国語など人文科学系の科目はもちろん、科学や体育まで、話し合う中で、理解を深める機会が多くあります。

たとえば、シンガポールでも、小学校からディスカッションのルールやマナーを教え、練習を重ねるそうです。

だから私は今大学で英語を教える時、discussionをできるだけ取り入れたいと思い、その方法をいろいろ試しています。

ある大学の授業では、英語のdiscussionを集中して練習するコースを教えています。discussionの基本的なスキルを紹介し、実際に毎週テーマを変えてdiscussionをする練習をします。すると、それぞれのもつ英語力を使って英語でdiscussionするコツがわかってきます。英語のdiscussionのやり方に慣れると、発言できる人が増えます。

また、共通の興味をもつ人が集まる交流会のプラットフォームMeetupでは、社会人の人達と英語でdiscussionをする会を月1回、もう2年以上も続けています。

日本の学校では、日本語でもなかなかdiscussionをする機会は少なく、英語の授業となると、なおさらです。大学の英語の授業の目的の一つは、それまでに学校で学んだ英語と、実社会で使う英語のギャップを埋めることだろう、と私は今考えています。

英語は使えば楽しかった

このプログラムを通して、私は英語に大苦戦したわけですが、一方で、英語を使っていろいろな人と話すのは楽しく、なんとなく、のびのびとした気分にもなりました。

日本語の世界とは違う、よくわからない英語の世界が面白かったのです。英語も下手なりに、使ってみれば、なんとかなりそうな気もしました。英語がうまくなりたいと、ひしひし思ったものです。

しかも、東南アジアの国の若い友人たちが、英語がうまいのにも驚きました。シンガポールとフィリピンでは、高校から大学と、英語の授業が多くなるそうで、自由自在に英語を使っているように見えました。タイやインドネシア、マレーシアの参加者も、英語が堪能な人が多かったのです。

英語は、アメリカやイギリスだけでなく、アジアでも広く使われているんだ、と新鮮な発見をした気分でした。今振り返ると、私は英語の最初の出会いから、母語の違う人をつなぐ言葉としての英語、「ELF-共通語としての英語」だったのです。

門番としての英語

このプログラムで英語を使ってみて、英語がうまくなりたいと切実に思ったはずでしたが、日本の大学生活に戻ると日々のやることに追われ、英語をコツコツ続けられませんでした。日常に英語のない生活の中、授業でも、2年生以降は英語が必修でなくなり、やる気を維持できなかったのです。

英語の勉強はサボっていたのに、英語はどことなく恨めしいものとも思っていました。

せっかく海外の人と英語を使う経験ができたので、もっと海外に行くプログラムや留学や就職をしたいと思っても、ほとんどの応募条件に英語試験の点数がありました。それもかなりの高得点で、私には到底到達できるとは思えませんでした。

今も、留学やら就職、社内留学から昇進まで、様々な英語試験の点数が条件になっていて、その点数に届かないために、やりたいこともあきらめた話をよく聞きます。

これは、英語研究のテーマにもなっていて、英語が「gatekeeper」になっていると言います。gatekeeperとは門番のことで、楽しそうな場所に入るための入り口、「門」に立ちふさがり、やってきた人をチェックして、条件を満たさない人を通しません。

「gatekeeperとしての英語」の研究を読んでみて、なるほど面白い言い方だ、と感心しました。英語が「gatekeeper」になると、英語が出来る人と、出来ない人に与えられるチャンスに大きな差ができて、英語格差を生むというわけです。世界の英語研究では、特に教育機会に大きな格差がある途上国で、英語格差が激しいことが報告されています。

英語試験の点数について

ところで、長年英語について観察していると、英語の点数と、実際に英語が使えるかどうかには、相関関係はあるけれど、あまりあてにならないということもわかってきます。

私はこの時から数十年後、ひと夏、イギリスの大学で教えました。英国の大学に合格した世界中からの留学予定者を対象とした、英語特訓コースで英語を教えたのです。そこでは、英語試験の点数と大学で使える英語力が一致しない人に多く出会いました。

英語研究では、英語力の評価方法も重要なテーマですが、英語試験にはそれぞれ、長所と短所があり、どの試験も万能の測定基準でないことが散々実証されています。

私たちの英語力は、英語試験の点数では正確には測れないけれど、点数はシンプルでわかりやすいので、門番役にうってつけなのです。

かくして、英語の試験の得点がわかりやすい判断基準になり、英語試験の点数は、いろいろな役目を果たします。

たとえば、日本の会社の就職で英語の点数が応募条件になっていることがあります。業務に英語が必ずしも必要ではないけれど、多すぎる希望者の数を絞る足切りに便利だから応募条件にする会社もあります。

また、社内の昇進に英語試験が条件になっている会社の人から、英語力そのものが必要なのではなく、テストのために努力する意志力や忍耐力の証として英語の点数を求めと聞いて、うなったこともあります。

そんなウラ話しを聞いてくると、英語が苦手で、必要な英語の試験の点数をとれずに苦労して、結局やりたいことをあきらめようとする人の気持ちわかるだけに、悔しく思います。

もっと多様な、英語力の測り方が広がるといいと思います。

たとえば、ドイツの研究者と話したら、ドイツでは英語の試験の点数が就職で問われることは少ないそうです。
「だって、英語で面接したら、もっとはっきり英語の適正がわかるでしょ」と、彼女は不思議そうに言いました。

確かに。
英語で面接するともっと仕事で使える英語力がわかるのですが、英語の面接をするには、まず採用する側が英語を使えないといけないので、ここが難しいのでしょう。

このgatekeeperとしての英語試験の点数と苦戦している人が、門の向こう、つまり英語を使う世界に入るには2つの方法があると思います。

ひとつは、やる気を鼓舞して、英語の点数をとるまで試験勉強をして、門を通ること。もうひとつは、正面の門ではなく、gatekeeperの監視のない、脇の門を見つけて、そこから入ること。

今思うと、私は、気づかずに、最初は脇の門を通って英語で仕事をする世界に入りました。ただ、その後にやはり英語試験の点数が必要になって、この時は心を入れ替え、試験勉強をすることになりました。

次の第3話では、この話をしたいと思います。

このnoteは、私の、「英語嫌いから始めて、ELFに出会って、英語研究者になった自己紹介」の第2話です。今のところ、このような予定です。

第1話: 高校まで―なぜ日本の学校で英語学ぶのが難しいのか
第2話: 大学で初めて英語を使う―英語を使って考えたこと・門番について
第3話: 就職と中国留学―英語を棚上げすることにした
第4話: 北京で英語を使って仕事をする―ビジネス英語初心者の課題
第5話: アメリカのMBAに行く―アメリカに行って思ったこと
第6話:   イギリスに16年家族と住む・英語の先生をめざして言語学博士になる

Picture from Unsplash, taken by Jocelyn Wong

2024年12月23日、初めての本を出版することになりました。
読んでいただけると嬉しいです。


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