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錆男の軌跡

「太陽さん、いつも年齢を超越して、愛のエネルギーを注ぎかけてくれてますが、昨日より少し陰りが見えますね、大丈夫ですか?なかにはあなたの愛の表現が厳しいとか文句をいいながら、熱中症で病院に運び込まれる人間もいますが、私は万が一熱中症で倒れるようなことがあっても、あなたへの感謝は忘れません。だって私はタンポポだから。」

擬人化というのは、無生物やその現象をより身近に感じさせるために作る物語には不可欠の要素だが、そもそもなんで物語にしようとするのかわからなかった、でもその謎が解けた、俺が参加した婚活パーティに現れた一人の女性によって。彼女が言うには、世の中の物質や物事は全て物理の法則に従って動いているが、眼に見えない大きさの粒子同士の関係性は、予測できないので、不確定な運命の中で翻弄される。そこには道徳も倫理も、幸も不幸もない、中立公平。でもその関係性から導き出される事柄、事象が生命を育むエネルギーを作り出したり、細胞次元で病原体を殺したり、細胞自ら名誉の自死を遂げたり、生命体の意識、行動に影響を与えている。そんな影響を与えるものに、感情を抜きにして対応する方が不自然だ、だから擬人化はその関係性に人間の側から関わって、少しでもその関係性の中に溶け込みたい欲求の表れなんじゃないですか、と。

彼女は、比土路岸 蘭、名前も変わっているが、その婚活パーティーも変わっていた。年齢というあやふやな基準で相手を選ぶのは失礼ということで、ミトコンドリアレベルで量子健康年齢検査を受けたものしか参加できない決まりになっている。個々人の全細胞におけるミトコンドリア修復力、耐久力、機能性をチェックしたうえで、その健康状態を維持したら、あとどのくらい余命があるかを、目安にレベルごとに分けられて、余命の幅がほぼ同じグループごとに毎回婚活パーティーが開かれる。今回は、余命40から60年グループの合同パーティーだ。だから、「私、アラフォーだけど、20代に見られます」とかわざわざ言うまでもない。年齢と見た目のギャップは、ここの参加者のほとんどすべてに当てはまるから。量子レベルの健康状態は、皮膚の細胞に現れるし、それこそが、この後カップルになった後、どれだけ長く健康に過ごせるか、どれだけ問題なく種付け又は、妊娠、出産できるかの基準になるから。化粧で誤魔化すこともできないし、普段どういう生活習慣を送っているか、他の婚活パーティーより、あから様に晒すことになるので、相手の誠実さを測る目安にもなる。ここでカップルになると、お互いの年の差が20歳以上なんてざらにある。どこまでアンチエイジングなんだとびっくりだが、それには、この婚活パーティーの主催者である、灰泥治円 紀香の功績が大きい。

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物語に登場するさまざまなキャラクターの認知の歪みが交じり合い、多彩で深みのある情景や世界を描かれるとき、「作られた」現実の世界と「現実」の境界はぼやけてくる。小説は私たちの認知の歪み、そしてその歪みが作り出す無限の可能性を、現実以上に巧みに描き出せる

「認知するから世界が存在する。現実の世界は脳の創造物で、脳の数だけ現実が存在する。私たちの認知の世界は「イルージョン」であり、脳に完全に依…

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