小説家

小説家は、森の中を歩いていた。

「この半島は、海と森が同時に味わえるから好き」

というのが彼女の口癖だ。
ほとんどの観光客は、岬の海をめざす。
その理由を、彼女はいにしえの時代に人類は海からあがってきたから、
という一般説に委ねていた。
しかし、矛盾するようだが小説家である彼女は、そもそも人類は海からあがってきたという説に懐疑的だ。

「だって、誰が、人類が海からあがってきた光景を見たというの」

彼女は小説を書く傍ら、翻訳の仕事も引き受ける。
彼女は決して、売れる小説家、ではないからだ。
小説だけでは、食べていけない。
だからといって売れるための小説など、書きたくないという。
そもそも売れる小説が何であるかが分かったら、私も編集者も苦労しないけれど、
とつぶやいた。目の奥に自嘲を滲ませながら。

彼女の小説は、僕の好みではない。
でも、彼女は僕の好みだ。
ただ、僕は彼女が好きなのか、彼女の脚の形が好きなのか、彼女の脚の形が好きだから彼女が好きなのか、が、分からない。

分からないままに、しておきたい。

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