前野健太 『営業中』 / アルバムレビュー
孤高の吟遊詩人、前野健太。完全ひとり多重録音にて待望のニューアルバムを発売!
リリースを記念した全国ツアー、東京公演の前売り予約受付も開始!!
前野健太とは
シンガーソングライター、俳優、エッセイスト。
1979年2月6日生まれ、埼玉県入間市出身。2007年『ロマンスカー』によりデビュー。現在までに8枚のアルバムをリリース。ライヴ活動を精力的に行い、「FUJI ROCK FESTIVAL」「SUMMER SONIC」など音楽フェスへの出演を重ねる。
俳優活動においては、主演映画『ライブテープ』が第22回東京国際映画祭「日本映画・ある視点部門」作品賞を受賞。NHK大河ドラマ『いだてん~東京オリムピック噺~』、Netflixシリーズ「舞妓さんちのまかないさん」他、TVドラマ、CM、映画、舞台に多数出演。
エッセイ集『百年後』を刊行するなど、文筆活動にもファンが多く、集英社imidas webにて旅エッセイ「前野健太のガラケー旅日記」を連載中。
他アーティストへの楽曲・歌詞提供も積極的におこなっており、石橋英子『car and freezer』日本語盤全曲作詞、YUKI「口実にして」作曲(AL『forme』)、Chage「Love Balance」作詞(AL『feedback』)などがある。
2024年夏、8thアルバム『営業中』をリリース。現在全国ツアーを決行中。8月には前野が考案と声がけを担当した<世界歌自慢大会>を昭島市民会館で開催。)
(ロマンスレコード資料より)
「営業中」を聴いた / クールマイン的見聞録
前野健太(以下、マエケンさん)が8枚目のニューアルバムを発表している。前作『ワイチャイ』のインパクトも記憶に新しいところだが、いつの間にか月日は流れ、本作『営業中』はおよそ2年4ヶ月振りのリリースとなっている。しかも2009年に発売した2ndアルバム『さみしいだけ』以来、実に15年振りの”完全ひとり多重録音”という触れ込み。これは楽しみで仕方ない。
残暑厳しい夏の日。グラスから溢れた氷の真上からアイスコーヒーを注ぎ、どっかりとスピーカーの前に座り込んだ。
アルバムのオープナーは『寝ながらメガネ』。まるで讃美歌でも始まるような静粛で厳かな雰囲気の中、程なく目の前であの声が聴こえてくる。マエケンさんの日常を覗き見しているようでもあるが、所謂「あるある」的なユーモアに溢れた歌詞。で、あるのにも拘らず、この神聖(風)な曲と詩のアンバランスさを、不思議と違和感なくマッチさせてしまう異才具合。「早速来ましたね、マエケンさんの専売特許!」と心の中でニタリ。
2曲目『言葉たちよ』。始まったや否や、ノスタルジックな気持ちで一杯になってしまった。自分だけの懐かしい風景に侵食されていく。
小学生の頃、ローランド製の電子ピアノにセットされていたリズムマシンでよく遊んでいた。それは小さな子供でも簡単にリズムや鍵盤の音をループする事が出来、指で押している鍵盤が、ボタン一つで本来弾けるはずもないアルペジオにもなるので、まるでキラキラとした魔法のようだった。耳から入る音色が、あの時のものと酷似していたのだ。
近所の一番の親友とユニットを組み、今思えば随分デタラメな曲ばかりだったかと思うが、そのリズムマシンの音に合わせ、作詞作曲した歌を次々にラジカセに録音していた。初めて聞く自分の声の面白さからスタートした宅録遊びは深みにハマった。空想世界でこのユニットは一端のアーティストとなり、親友の幼い妹を司会役として付き合わせた架空のラジオ番組、架空の歌番組出演の設定での録音もした。この曲はあの時のアナログリズムマシンで宅録した音と風景を鮮明に思い出させてくれ、正に「しおり」のように思えたのだった。
時折そのカセットを奇跡的に自宅から見つけ出し、幾度か親友と腹が千切れるぐらい笑い合ったが、今ではカセットテープの行方も分からないし、その親友とも今世ではもう会えなくなってしまった。あの時の楽しさや、何の制約も受けない自由な時間は本当に特別だった。
3曲目『マイ・フォーション』。ツアー先(青森)でのちょっとした空き時間をスナップ写真のように曲に収めた優しい歌。夢うつつでいる喫茶店のママが記憶の遠くで聴いている子守唄だろうか。ブランケットをそっとかけるかのような雨の調べ。
続く4曲目は『ながた屋の大将』。こんな感じでどの街にも必ず一人はいそうな”いなせ”な大将。そんな大将にラブコールを送りたくなる、コミカルで小気味良い人生讃歌。これを聴いたら貴方もながた屋へ行ってみたくなるかも?!
5曲目『スウェットにサンダル』、6曲目『いのちのよろこび』はまだ暑いこの夏の季節に聴けて嬉しいと思った。誰しもが目にしているはずの日々の風景を、儚く美しくスケッチするマエケンさんの感受性が静かに爆発している。
折り返しもサマーソングは続き、7曲目の『ニュースはゴメン!』でアルバムは少しシリアスな表情も見せた。静かなピアノの立ち上がりから重なっていくアコギ、シンセでスケールを感じる一曲。ミニマルな音作りで歌を際立たせたかのような曲が多い中、重厚感を感じるインディーフォーク。SNSに蔓延る罵詈雑言、戦争や不安定な社会情勢、暗いニュースに心を砕き、むせ返るような気分になる事がある。目を背けてはならない事も多い世の中ではあるけれど、溢れかえるニュースや情報に知らず知らずキャパオーバーしてしまいそうになったら、”たった一度の”自分を大切にした方が良い。
折り返しの8曲目、『バス停のにのうで』。文字面から一瞬ハテナマークが浮かんだが、ああそうか「二の腕」かとすぐ理解。昭和歌謡のような侘しさを感じる伸びやかなメロディ。歌に引き込まれ、思わずこちらの顔も段々といぶし銀になってきた所に飛び込んで来たクスリとさせられる歌詞。(もぅ、ズルいなぁ。)そこはかとなく香り立つ色情含め、洞察力が素晴らしい。
9曲目は柔らかな夏の風を感じた『サルスベリの花』。ゆったりとした曲の進行が心地良いし、10曲目の『さよならは言わない』は、ある種実験音楽さながらの曲構成。テクノポップやトランスミュージックを彷彿とさせるパートからクロスフェードしての熱情フォーク。入口と出口が全く違う表情を見せる哀恋歌。こんな遊び心もマエケンさんならでは。
続いて11曲目は『朝霞台』。あったかで少しセンチメンタルな空想が泌みる。暑苦しくない程度の家族愛も感じつつ、特別な事は起きない、何気ない日々の暮らしの切り取りが、そっと心に何かを落としてくれる。作品全体に通して言える事だが、饒舌で着飾りまくった音色に疲れた人に推奨したい。ミニマルで丁寧な音作りは聴けば聴くほど愛おしくなるはずだから。
12曲目はアルバムリード曲とも言えるであろう、本作品タイトル曲の『営業中』。歌詞の内容がリアルタイムでシンクロしてしまう出来事があり、これにはすっかりくらってしまった。
今年、長年地域で愛される町中華が閉店をし、一抹どころではない寂しさをずっと感じていた。実際、自分の生活圏でこれまで閉店してしまった店の数など、四、五十じゃきかないぐらいあっただろう。だから店が一つ無くなるぐらいでこんな気持ちになるなんて予想だにしなかった。個人経営の店舗はみるみる減っていき、新しくオープンするのは判で押したような大型資本のチェーン店で、流行らないと淘汰されていった。
それでもここの町中華はずっと営業していた。変わらずそこにあった。普段は気にも留めないぐらい、あって当たり前の存在として。創業は定かではないが、どんなに少なく見積もっても軽く30年以上の歴史はあった店だと思う。昔は客足もまばらで、出前もやっている、平々凡々な中華飯店だった。だが確かな味と尋常じゃないコスパの高さは口コミとなり、長い長い時間をかけてじわじわと広がり、ここ数年は昼時ともなれば平日、祝日問わず各地から客が集まり、行列を作る名店となっていた。
ただ店主の肩や腰は悲鳴を上げていて、営業は昼の時間帯のみ。時折長期休業をしては再開し、また臨時休業、のような感じをこのところ繰り返していた。そんな感じだったから、「営業中」の札を見るとパァッと心が晴れて、「おおっ復活してんじゃん!明日食いに行こう!」と元気を貰っていたのだった。そう、この曲の歌詞のように街の営みを感じていたのかも知れない。
親に連れて来られていたこの店に、やがて学生仲間と行き出し、恋人を連れて行くようになり、遂には自分が子を連れて行くようにもなっていた。(普段は店の回転を考え、独りで行ってパッと帰る事がほとんどだったが)
もうあの鉄鍋を振る音を聞けないし、歴史を感じる大衆的な定食屋の雰囲気の店内に入る事も出来ない。そしてこれから先、味・量・値段の三拍子が揃った個人経営の店はこの町に生まれないと分かっているから絶望していた。丸々この気持ちをトレースしてくれた歌詞が、心にぽっかり開いた穴に、鉄鍋の熱々の餡をとくとくと注いでくるようだった。
日常はさして変哲も無いドラマに溢れている 。マエケンさんの歌が誰かの日常に意図せず寄り添い、他人の暮らしや人生にも投影される瞬間を身を持って体感した。そしてそこから派生し、命の尊さまで深読みしてしまう名曲に出会えた事を嬉しく思っている。
アルバムラスト13曲目『温泉町の恋』。叙情的な弾き語りで締める。湿度の高い歌声が徐々に熱を帯びていく様は圧巻である。最後にボーナストラック的な面白い仕掛けもしてあるのだが、それは本作を手に取ってからのお楽しみにという事で!
【営業中雑感】
謹製。これが最初に頭に浮かんだ言葉。ショートエッセイ集や短編小説のページをめくるような全13曲は、トータルプレイタイム33分12秒という潔さ。簡潔でありながら丁寧なDIY作業で、後付けのあざといローファイ処理などは施さず、瑞々しい歌声が節々で生き生きとしている。
録音は今年2024年の1月から6月にかけて行われた模様で、シンセサイザー、ボーカル、キーボード、ドラムス、アコースティックギター、ベースギター、コーラス、ピアノ、エレクトリックギター、クラシックギター、手拍子、写真、デザイン、作詞、作曲、録音、ミックス、プロデュースまでの全てをお一人で担当されたというのだから、楽しみも苦しみも相当であっただろう。ちなみにマスタリングは東京・多摩地区にスタジオPEACE MUSICを構える中村宗一郎さんが担当。ゆらゆら帝国、BORIS、OGRE YOU ASSHOLE、SCOOBIE DO、ギターウルフetc…も手掛けた名エンジニアで、界隈の音楽ファンはその名前だけでゾクゾクするのでは?
さぁまたもう1周しよう。
前野健太という屋号が絶賛営業中で本当に良かった!
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今年の11月7日(木)、東京・武蔵野公会堂で、本作『営業中』の発売を記念したライブが行われます!8/20 (火) 19:00よりチケットのオフィシャル先行も始まりました。ページ下部の【ライブ情報】よりご確認をお願いいたします。
【作品情報】
アーティスト: 前野健太
作品名:『 営業中 』
発売日:2024年7月31日(水)
フォーマット:CD
品番:ROCD-0006
価格:¥2,750(税込)
販売:ロマンスレコード
流通:bridge inc.
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前野健太オフィシャルサイト販売ページ
【ライブ情報】
前野健太 8thALBUM『営業中』ツアー 東京
2024年11月7日(木)
OPEN 18:00 / START 19:00
武蔵野公会堂
全席指定 ¥4,300(税込)
※未就学児童入場不可
【オフィシャルHP先行予約】
こちらから
[受付期間]
2024年8月20日(火)19:00〜9月1日(日)23:59