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七尾旅人 「Long Voyage」 / アルバムレビュー

4/16(日)待望の仙台公演迫る!
長き航海で拾い集めた想いの結実。


七尾旅人

七尾旅人ななおたびととは

シンガーソングライター。98年のデビュー以来、ファンタジックなメロディで世界の現実を描き続けて「うた」のオルタナティブを切り拓き、音楽シーンの景色を少しずつ変えてきた。パンデミックのなか放置された感染者や困窮者に食料を配送する「フードレスキュー」を継続しつつ完成させた2枚組ニューアルバム『Long Voyage』を9月14日にリリースする。愛犬家だが、犬に振り回されっぱなし。

(七尾旅人 オフィシャルサイトより)


「Long Voyage」を聴いた/クールマイン的見聞録

過去作でも複数枚のコンセプトアルバムをリリースしている旅人さんだが、待望の新作は2枚組全17曲という内容で、今作も非常に重厚な作品に仕上がっている。混迷こんめいを極める現代社会において、音楽や歌の役割や可能性、在り方を示唆しさするように光を帯びているのだ。
世代問わず音楽の聴き方は時代と共に変わっている。変わってはいるがひとしく音楽は音楽のままだ。マウスや指先を早送りのカーソルに当てたまま、”ながら聴き”で量を消費していくのも音楽だし、ステレオの前に鎮座して、全身全霊耳をそばだてながら、ジャケットや歌詞カードをむさぼるように眺めるのも音楽だ。どんな状態であれ、私はアーティストからその表現の中に存在する『主張』や『達観』、またその真逆の『もがき』のようなものを汲み取れたとき、ちょっと嬉しくなったりする。そんな音楽の聴き方をしている。


長い音の航海、オープニングを飾るのは『Long Voyage「流転」』で静かな立ち上がり。ピアノ主体のジャジーな調べで始まり、『crossing』へと穏やかに流れていく。教会の中でキャンドルの炎の揺らぎを見つめているような気分でいると、”ダイヤモンド・プリンセス、ダイヤモンド・プリンセス”と聴こえて来てハッとし、少し胸がざわつくのを感じた。残念かなコロナ時代の幕開けを想起してしまうワードになってしまっているし、当時の情景が楽曲制作の根底にあるのは間違いない。


3曲目『未来のこと』はこんな歌詞で始まる。

悪いニュースばかりで 時は止まったまま
世界中の時計が 止まってしまった夜は
空を見上げ 時を測る 時を測るだけ

『未来のこと」歌詞より

誰しもが経験したであろうこの感情に共感せずにはいられないが、曲が進むにつれ、この歌の包容力にどんどん引き込まれていく。2022年8月、アルバム発売前に先行配信され、ティーザー映像も話題を呼んだ。

未知のウイルスに翻弄ほんろうされ、生活の基盤を根底から覆された人々が多くいる中、この曲が寄り添い勇気づけた物語をいくつも想像してしまう。

未来のことを話してみたい
明日がどんな不確かに見えても
遠すぎる夜も僕がすぐそばにいるから
いま君と 未来のことを話してみたい
見えない橋を渡り切るその前に
もしも許されるなら
ふるえる肩を抱きしめていたいよ
遠すぎる夜も僕がすぐそばにいるから
君のすぐそばにいるから

『未来のこと』歌詞より

旅人さんは2020年の4月には、オンライン上に「LIFE HOUSE」という架空のライヴベニューを立ち上げ、ゲストを呼んでトークとライヴ演奏を行うという配信型のベネフィット企画を始めていた。これには音楽家だけでなく、ライヴ現場の裏方さん、障害を抱えている方や、医療従事者の方、子どもや心に負荷を抱えている方など様々な人を招き入れていた。
更に2021年の夏にはコロナ自宅療養者への食糧支援として「フードレスキュー」の活動も行っていたことを考えると、この歌詞がフィードバックして、言葉の重みや誠実さ、リアリティが優しく刺さりまくるのであった。


4曲目の『Wonderful Life』は歌のフローがとても心地良いオルタナティブさが輝いている名曲。ポエトリーのようでラップのようで、ソウルのようで、、、旅人さん独特の形容し難い歌い回しの後ろで響くシンセポップのようなきらめきが歌詞も相まって更なる感動を呼ぶ。

続いては2021年の3月、名古屋入管施設で亡くなったウィシュマさんの事件を起点に、入管法の改悪に反対する『入管の歌』から、長尺の『ソウルフードを君と』に続く。ネイティブアメリカンの虐殺、黒人奴隷の歴史、ジョージ・フロイドさんの死で一気に高まりを見せたBLM(ブラック・ライヴズ・マター)運動を想起させながら、日常で理不尽に奪われた命、奪われ続ける尊厳をプロテストしている。他者に無関心である事の危険性や暴力性を辛辣しんらつに問われている気さえして来る。


7曲目は『リトルガール、ロンリー』。柔らかなピアノとベースが心地良い。良質な映画音楽のように感動的な抑揚よくようで感情が揺さ振られた。メロディラインが空想上の船乗りの歌っぽいところも好きだ。月明かりに照らされ、穏やかな波とスウィングしながら聴きたくなる。

口笛で幕が開ける8曲目『フェスティバルの夜、君だけいない』。スネアのゴーストノートが実に気持ち良いビート感で曲は進行して行き、各プレイヤーのせめぎ合いが光りまくる。後半、予想外の展開も見せディスク1枚目は終了。


2枚目のオープニングは『Long Voyage「停泊」』。国内はもとより世界中で人類が頭を抱えて来た社会的事象や社会問題を紐解いていくようなストーリーテーリング。意識的にか、感情を殺して読み上げられる「意図せざる航海、停泊」というワードが脳内でリフレインする。”こんな世界に生きている事実”に少し暗澹あんたんたる気持ちになってくる事も確か。

続いて『荒れ地』。極上のアメリカーナ/カントリー調の演奏に、冒頭の歌詞から吟醸酒のようなブルースが湧き上がる。

今日も立ち往生してる
今日も諍いあってる
今日も誰かが死ぬ
今日も誰かが生まれる

『荒れ地』歌詞より

そうだ。そうだった。「明日を目指して」我々も生きねばならない。


3曲目の『ドンセイグッバイ』ではパートナーに大比良瑞稀さんを迎えたデュエットを聴かせる。2人は既に3年前に大比良さんの曲、『ムーンライト feat.七尾旅人』で共演しているのもあるせいか、更に腰が座り息の合ったハーモニーを披露している気がした。新潟県小千谷市で行われる片貝まつりの花火大会でロケをしたMVも素晴らしい映像美なのでチェック願いたい。同じ日本でありながら、大都会と地方都市のコントラストもロマンチックだった。
あと、民家にお世話になっている旅人さんのたたずまいや所作がちょっと可愛らしい(笑)。


ディスク2のお気に入りの一つ。『if you just smile(もし君が微笑んだら)』。爪弾くアルペジオとストリングスがミニマルできらびやかな箱庭を作っているかのような温かな1曲。ジョージ・フロイドさんの悲劇的な死を契機に作られたそうだが、世界が歴史と自己を見つめ直すことを祈念きねんして歌われている。
愛犬家で知られる旅人さん。犬の鳴き声のスキャットもイイ感じの『Dogs & Bread 』はワンチャンとの散歩におあつらえ向きのポップソングだ。
続く曲も個人的なお気に入りの、『『パン屋の倉庫で』』はご本人いわく「今までの音楽人生では、いちばん良い詞が書けた気がした。」そうで、ご自身が実際に幼少期をパン屋さんの倉庫で育ったという原風景が描かれている感動的な楽曲。仙台ご出身の名プレイヤー、梅津和時さんのサックスの音色がとびきり印象的。勝手に架空のスタジオジブリ作品を想像して、聴いた後に深い余韻が残った。(余談ですが前述した”LIFE HOUSE”のVol.19、青葉市子さん宅でのこの曲のセッションの様子が最高過ぎるので是非ご覧あれ!YouTubeにアーカイブが残っています。)


7曲目は『ダンス・ウィズ・ミー』。ノンビート調の曲が続いたせいか、ここに来て耳にフレッシュな風。スネアの音が曲の輪郭をグイッと立ち上げている。この作品では「踊ろうよ」は「生きようよ」と同義語なのだ。
そしてアルバムトータルで一番印象的だった曲、『미화(ミファ)』。深い哀悼あいとうが込められた、それはそれは切なくて美しい曲。心に潜ませた痛みを伴う大切な思い出がふたを押し除けて溢れ出し、気付けば涙が押し上がって来た。
いよいよ航海のフィナーレ『Long Voyage「筏」インストをバックにアルバムジャケットのいかだがユラユラと揺れながら視界から遠ざかり、「to be continued…」の文字がスクリーンに投影される。そんな錯覚を起こす。


【Long Voyage雑感】

その名の通り長い航海だった。無論、全曲聴き終えた今も目的地には辿り着いていない。現実社会はずっと大時化おおしけなのだ。ドス黒い渦潮うずしおに抵抗する力も思考も奪われる時さえあるだろう。打ちひしがれ、大きな波に丸呑みされそうになっても、我々は一人一人がしっかりとかじを取り、諦めずに立ち向かわなければならない。いや、少しだけ違うかな。時に逃げてもいいと思う。ただ、決して忘れてはならない。自分の生活とあらゆる社会問題は地続きにあるのだと。最悪な事柄ことがらは憎しみや怒りからより、無関心で増長される。無関心が図らずとも奪う側に加担し、暴力へと変わるのだ。この世には選択はおろか、逃げも隠れも出来ないままに尊厳を奪われる人々がたくさんいる。矛盾なんてものも常に付きまとう。誰ひとり置き去りにしない社会など現実味が無いと人は嘲笑ちょうしょうされるかも知れないが、そこを目指した方がきっと人類は幸せなのは目に見えている。
音楽を楽しむ事を諦めたくない。想像力を捨てる事はしたくないのだ。

・・・

そして先ほど背を見送ったいかだは長い航海の途中で、仙台という港にも停泊をします。吟遊詩人七尾旅人による各地で感動を呼んでいるこのツアー。4/16(日)に行う、2019年振りとなる誰も知らない劇場での仙台公演はゲストにベーシストの盟友・瀬尾高志Suchmos賽(SAI)で活躍する鍵盤奏者、TAIHEIを迎えた特別編成で行うのでぜひお見逃しなく!


【作品情報】

Long Voyage ジャケット

アーティスト: 七尾旅人

作品名:Long Voyage

リリース:2022年9月14日

販売元:SPACE SHOWER MUSIC

規格品番:PECF-1191/2

フォーマット:2枚組CD ¥4,180(税込 )


【ライブ情報】

Long Voyage Tour 

七尾旅人 “Long Voyage”リリース・ツアー
ゲスト:瀬尾高志、TAIHEI

2023年4月16日(日)
OPEN 17:00 / START 17:30
@誰も知らない劇場

全席自由 ¥5,000(税込)
※1ドリンク代別途必要
※小学生以下入場無料(要メール予約)
※KIDS割引¥2,500(20歳未満のお客様対象、要メール予約)

ローソンチケット https://l-tike.com Lコード:22437
チケットぴあ https://pia.jp Pコード:234-601
イープラス https://eplus.jp
KIDS割引受付 https://www.tavito.net/longvoyage/tour/
※小学生以下のお子様のご予約も上記URLよりお願い致します


◆TOTAL INFORMATION



【アーティスト情報】

七尾旅人オフィシャルサイト


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