ピアノを弾く手 (チャプター2)
・・・
それから日暮里までの数分間、
幾度かのペンの往復によって、大体の事情を察することが出来た。
彼女は、駒込に住む伯母の元で、週に二日ピアノレッスンを受けている。
いつもは母親と一緒に来ているのだが、
「ママのびょうきがまたおきちゃったの」
ということで、いままではその都度取り止めていたところ、今日は思い切って一人出掛けた。
でも、駅を降りて少しばかり遠い道のりを歩かなければならない。
そこは、両側がコンクリート塀に囲まれた迷路のようになっている。
ちょっとだけコワイと思っている。
で、ものは相談だが、お兄さんに用心棒になってもらえないか?
(この子はほんとに、「ヨージンボー」って書いた!)
という訳だ。
二人してコソコソと、秘密の計画を巡らしているような、そんな風だった。
こちらが幼児化したのか、少女が大人びたのか。
「オーライ!」
(「なにそれ?」と彼女)
よしっ。今日はどうせ休みだ。
(と決めた。半日も一日も一緒じゃないか、良い子ぶるには年が行き過ぎた)
付き合おう。
先程来の義憤を証明するためにも丁度いい。
日暮里で乗り換えて駒込までの電車は混んではいなかったものの、
二人座って秘密計画を立てられる程の余裕はなかった。
でもその間中、何のためらいもなく手をつないでいた。
彼女は安心し切っていた。私の手の中のその柔らかさで分かる。
握りつぶしてしまわないように神経を使うほど。
私の腰のほんの少し上に彼女の頭があり、左ももにすがみ付くような格好になっている。
駒込のホームに降り立った時は、
私の手の中の彼女の手は、出来立ての餡まんのようにホカホカになっていた。
一旦解いた彼女は、その手を頬にあてて「あったかぁい」と言っているようだった。
そんな少女を見て、私はジーンとしてしまう。
下を向くとこぼれ落ちそうなので、
「さぁ行こう」と、また手を取って出口に向かった。
久し振りに来た街は変っていない。
その街々で空気の味も違う、それが変っていないことが嬉しかった。
さて、もうお昼だ、お腹が空いたなと思ったところで、彼女のお腹が「グ〜ッ!」と大袈裟に同意した。
二人して笑い転げた。
そのお腹を突っつくと、彼女は嬉しそうに怒った。
(何やってんだオレは)
ガード下の立ち食いそば屋に入って、二人して月見そばを食べた。
彼女は、小さいくせに私よりも多く“一味”を入れた。
(オレたちゃ一味!?)
食べながら「おいしいね」と言っている。
(・・・多分。)
一々目が滲む。
これは二日酔いと“一味”の辛さのせいだ、ということで自分を納得させる。
(その後のいつかへと つづく)