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【短編童話】かさかな
ええ、たしかに今日は一匹も釣れませんでしたよ。
うまい魚を釣ってくるからこの店でさばいてほしいなんて言っておいてね。
でもなにも釣らなかったってわけじゃあないんです。聞いてくれますか。
今日の釣り場はほら、あの港の堤防です。つきだした先のあたりが運よく空いていましてね。さっそく竿を取り出して、あらかじめ用意してあったしかけを糸に取りつけると、投げ釣りを始めたわけです。
ところが一時間ほどねばっていても、ちっとも釣れない。そろそろ場所を変えようかと思いながらリールを巻いていると、ありましたねえ、手ごたえが。
ようやくきたかと竿を持ち上げながら、すばやく糸を巻きとっていくと、中々の大物らしく、竿はその動きに合わせて左右に大きくふられました。それでも少しずつ、海面にすがたをあらわしてきたのを見ると、そいつは青い紳士もののカサだったんです。
言いたいことは分かっています。
海底のカサをひっかけただけのこと、何のひとり相撲だとお思いでしょう。
けれどね、力くらべをしたあげく、ついに引き上げたそのカサときたら、ビチビチと柄をくねらせてはねるんです。
だから思わずタモあみをつかってすくいあげていましたね。その動きはどう見ても魚のものでしたから。
いったいどうなっているんだと思いながら、タモの中でまだ力づよくはねているそいつをおさえつけていると、
「ねえ釣り人さん、ぼくはまだまだ泳ぎたりないんです。にがしてくれませんか」
と、こんなことを言うんです。
気になるじゃあありませんか、色々と。だからたずねましたよ。
そいつはね、数か月前に、だれかが川でおとしてしまったカサらしいです。そいつが言うには、カサってのはとにかく水が大好きなんだそうで、だから雨がふれば全身でそれを受けとめているんだとか。持ち主を守っているというよりは、雨をひとりじめしたいって、そんなところなんでしょうかねえ。
ただ、ほんとうなら川や海なんかで思い切り泳ぎたいものなんだそうです。しかしまあ、カサとして生まれたからには、そこはがまんをして、ただ雨の日だけを楽しみにしていると、こう言うんです。
それで、そいつは持ち主の手をはなれて川におっこちたのをさいわい、思うぞんぶん泳ぎまわるようになって、ついには海にまでたどりついたというわけです。
そいつはこんなことも言っていましたよ。
「どこかで、いつのまにかなくしてしまったというカサはありませんか、きっと今ごろは、どこかの川や海で泳いでいることでしょうね」
話を聞いたあと、どうせ食べることもできないのだからにがしてくださいよと言われたわたしは、それはそうだと思って針をはずして海にはなしてやりました。カサの泳ぎ方っていうのは開いたり閉じたりをくり返して進むんです。うまいもんですよ。魚というよりはタコやクラゲみたいな動きですがね。あいさつのつもりか、一度だけ海面からはね上がると、やがて沖のほうへ泳ぎさっていきました。
ええ、釣れなかったいいわけを長々するじゃないかとおっしゃる。そう思うのも分かりますがね、ほんとうなんです。しまいにはわたしがもっていったカサまでもが、自分も泳ぎたいなんて言って海にとびこんでしまいましてね。帰り道でぽつぽつ降りはじめて、今はこんなにどしゃぶりだっていうのに、こうしてずぶぬれで帰ってきたっていうのも、つまりはそういうわけなんです。