由良ちひろ

由良ちひろ

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真夜中の大通りは

「此処からなら、飛べる」  もう十歩進んで「まだ飛べる」  さらに十歩。「此処からは無理」  線路を大きく跨いだ陸橋になっている大通り。  ヨフネが独り呟いたのは、多くの車がヘッドライトを点けて走り抜けて行く道路脇の歩道を、橋の頂点へ向かって緩やかに登っている途中の事だ。弓形になった陸橋の起点から終点までの距離は四百メートル程あるだろうか。歩道は等間隔に並ぶ街灯を境に歩行者用と自転車用で分かれている位には広く、左右を同じ高さのフェンスで挟まれている。右側のフェンスが道路との

    • その幽霊はヤナギになりたい

          川岸にならんだシダレヤナギが、やわらかい枝から葉っぱへと、なでつけるような夜風にしゃらしゃらと鳴っている。    その音にまぎれるみたいに、 「ねえ、あなたずいぶんと古風なのね。幽霊だからって、そんなかっこうでヤナギの木の下に出てくることないのに」     と、ヤナギのなかの一本が、すぐそばにいるらしい誰かにむかってたずねた。     そのとなりに、胸の前に持ち上げたうでから両手をだらりとさげて白装束、青白い顔をしたひたいには天冠という三角の布、そんなすがたをした女の

      • 寄り道タ・タ

            人通りも途絶えて舗装もされず、ただ真昼のかげひなたにだけ忘れられずあるような小路へと気まぐれに折れた頃から、薫太の背中は後をついてくるものの気配を感じ取ってはいた。  振り返っても、何も見えない。  微かな足音は、しかし次第に、確かになってゆく。  そして彼の足下にまで迫ってきた時、見下ろした先に映ったものは、忙しなく動く四肢を持つ小さな生き物だった。  薫太の一歩一歩に離されまいとするかのように駆ける姿は、その大きさから考えられたネズミの類いとは明らかに違うもので、

        • 糸つむぎの町

              空を歩いている男を見た。はじめはそんな噂からだった。  タキシードにシルクハットという姿でステッキを片手に持った男の目撃談が、たびたび町の人々の間で語られるようになった。  その男は言葉を発することはなく、声掛けに応じることもない。まるでたまたま目に見えているだけで、違う世界に生きている人間のようだったという。空の上を、足元に道があるかのように歩いている姿を遠目に見たという人もいれば、いつの間にか頭のすぐ上まで近づいていた男が通り過ぎていく後ろ姿をぼんやり見送った

          【短編童話】わがままコイントス

           海外に行っていた親戚のおじさんが、二年ぶりにフラリとササナの家にやってきた。    おじさんはお父さんやお母さんにお土産を渡して、ササナには一枚の古いコインをくれた。  片方の面には左を向いた男の顔がきざまれていて、うらを返したもう片方には数字や文字。ササナには数字以外、何て書いてあるのか分からない。    コインをもらったときに彼女が思い出したのは、ある日見た映画の一場面だった。    その映画で、主人公である女の人は、ひとりの男と賭けをする。  コインをピンと指でかっこ

          【短編童話】わがままコイントス

          日曜日のふうせん合戦

           しずかな坂道をのぼっていると、行く手からたくさんの赤い風船が近づいてくるのが見える。  目をこらすと、それは子どもたちの行列で、みんな、ひとつずつ風船をもって歩いているのだ。  少し遠くの図書館からの帰り道、シンタは思わず足をとめた。そのまま何十人もの行列が通りすぎてゆくのを見ていると、ひとりから「はい、これ」と風船をさし出されて、それがあまりにも自然だったものだから、そのままシンタは風船をうけとった。たくさんの風船をゆらしながら、子どもたちは坂をおりて行った。  日曜のお

          日曜日のふうせん合戦

          【短編童話】ありんこ観察日記

           もしも、アリがボールペンをはこんでいるのを見たら、どうする?  わたしなら、とりあげたりしないで、じっくりかんさつする。    お母さんもそうだったらしい。  なぜわかるのかといえば、夏休みにお母さんと、お母さんの実家に遊びに来て二日目に、ものおきで古い日記を見つけたから。  今のわたしよりちいさかった子どものころ、夏休みにかいた宿題の日記みたいだ。そういえばこの家で育ったんだなあ、と当たり前なんだけれどふしぎな気分になった。それにしてもきたない字。  パラパラめくってみる

          【短編童話】ありんこ観察日記

          【短編童話】かさかな

           ええ、たしかに今日は一匹も釣れませんでしたよ。  うまい魚を釣ってくるからこの店でさばいてほしいなんて言っておいてね。    でもなにも釣らなかったってわけじゃあないんです。聞いてくれますか。    今日の釣り場はほら、あの港の堤防です。つきだした先のあたりが運よく空いていましてね。さっそく竿を取り出して、あらかじめ用意してあったしかけを糸に取りつけると、投げ釣りを始めたわけです。    ところが一時間ほどねばっていても、ちっとも釣れない。そろそろ場所を変えようかと思いなが

          【短編童話】かさかな

          【短編童話】ハブラシ一家

           見下ろせば、そこには水滴が残る洗面ボウル。朝のひと仕事を終えたばかりだから僕の髪もぬれたままだ。軽く頭をひとふりして水気をとばす。 「こら、冷たいじゃないか。気をつけろ」  そう言ってこちらをにらんだのは同じコップで暮らすトラベルおじさんだ。この家のお父さんが使っているハブラシで、仕事で色んな国をとびまわっていたお父さんの『トラベルセット』だったからその名で呼んでいる。小さなハミガキ粉チューブといっしょにケースに入って、ずいぶん遠くにも行ったそうだ。お父さんが旅に出る必要が

          【短編童話】ハブラシ一家

          とこやみカラス

           夜が明けないままに、もう一週間。  日も出なければ星もなく…そんなある日。   「おはよう、今日も暗い空」  このあいさつにしては明るい声で、リンが歩いてくる。  その手になにか、光るものを見つけた美央が、さっそくたずねた。 「あら、なにか良いもの」 「うん、月をひろったんだ」  手のひら大の、金色に光る車輪のようなものを、人差し指でくるくるとまわしてみせた。 それは遠い昔の、木でできた荷馬車であったり、発明されて間もないころに見られたような自転車の車輪を思わせる形をして、

          とこやみカラス