連載小説『不思議な階段 1』
不思議な階段
1
町田 丈二は普通の人と違っていた。
見た目は普通の人と何も違うところはない。
しかし、不思議な力を持っていた。
その力とは、何かに失敗した時に突然目の前に階段が現れる。
階段には『登れ!』と赤字で書かれている。
階段の最上階に上がると時は戻っていて、失敗前に立つことができた。
つまり、やり直しができたのだ。
この兆候が初めて現れた時、町田 丈二はびっくりした。
最初は何が何だか、わからなかった。
しかし、『登れ!』の文字を見て、階段を登っていくと、やり直し地点に戻った。
すると綺麗にリセットされていて、失敗を回避することができた。
その失敗は命に関わる失敗、奈落の底に落ちるような失敗に限られていることが
段々とわかってきた。
とにかく、大きな失敗をしたと思った瞬間に階段が現れる。
慣れるまで、混乱したことは確かだ。
大きな失敗なんて、そうそうないので初めの頃は階段が現れるたびに同じように、びっくりし、躊躇した後に階段を駆け上がって元に戻った。
初めて階段が現れた時、丈二は高校3年生だった。
友達と学校の屋上で、お弁当を食べていた時だった。
そばで、サッカー部員がトスの練習をしていた。
細かなトスの筈だったのにボールが大きく弾んでしまい、
柵を越えそうに丈二の方へ飛んできた。
丈二は運動神経が良いので、ボールの行方に反応してしまった。
柵手前にある室外機の上に乗り、ボールを取ってあげようと、
手を伸ばしたその時だった。
柵を超えてしまうほどのボールに飛びついた瞬間、自分が柵を越えてしまった。
その時、階段が現れた。
丈二は階段を見て、天国へ続いているのかと失敗を悔やんだ。
無情にも、階段には『登れ!』の文字が赤々と大きく書かれていた。
(こんなことで、僕の一生が終わるなんて、、、なんて僕はバカだったんだろう。)
と思ったが、『登れ!』の文字は容赦なく命令していた。
渋々、階段を登りながら、涙が出てくるほど落胆した。
しかし、登り終わると自分が友達と美味しくお弁当を食べていた。
そして、その時サッカーボールが自分の方向に飛んでくるところだった。
丈二はびっくりした。
ボールにびっくりしたのではなかった。
しかし今度は丈二は冷静だった。
ボールには反応せずに、
「おい!気をつけろよ!危ないじゃないか。」
とトス練の同級生に大きな声を浴びせるだけにした。
その後丈二は、一緒にいる友達のことを無言で長い間じっと見つめた。
お弁当を一緒に食べていた友達が何か言うだろうと思ったからだ。
しかし、友達は丈二の視線を不思議がり、
「なんだよ、どうしたんだよ。大丈夫か?」
と訝しげに聞いてきた。
これが、階段が初めて現れた時のことだった。
丈二はこの現象がなんだったのか?
その日から、何日も考えあぐねたが、
とても説明することができない経験だった。
とにかく、こんな現象は今まで誰からも聞いたこともないし、
ありえないことだったので、しばらくの間はこのことばかりが
気になっていた。
1ヶ月ほど経った頃に、誰かにこのことを言いたくなり、悩んだ末に
母親に聞いてみようと思った。
しかしあまりに唐突な出来事だったので、
もし、母親が同じ経験をしていたのなら、気がつくかな?と思う程度の質問にした。
丈二はやんわりと、
「人って、失敗した時にやり直しってできるのかな?」
と聞いてみた。
母親は、目を見開き驚いていた。
この反応はもしかして?と思わせるような顔つきだった。
しかし、その後普通に戻り、
「そうよ、人は誰だって失敗は付き物よ。だけど、その失敗を糧にして人は成長をしていくのよ。」
と真顔で言った。
丈二はそれ以上、もう何も言わなかった。
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