連載小説『不思議な階段 2』
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丈二に階段が現れて、4年が過ぎた。
今年から大学4年生になる。
丈二は大学に入った時に、最後の4年生は2回させてもらうこと,
つまり留年して5年生を経験させてくれと両親に説得していた。
両親はそんなことをするより、大学院に行けと最初は渋ったが、
最終的に、最後の1年間の学費は丈二自身が払うことを条件に許してくれた。
丈二は3年間、友達と遊ぶこともなく、バイトと勉強に明け暮れ、
5年生の一年分学費を一生懸命に貯めた。
その甲斐があって余裕ができるほどにお金を貯めることができた。
貯めたお金の中から中古車も買った。
計画として、卒業論文研究旅行とした。
丈二は統計学や、マーケテイングリサーチを専攻していた。
これからの社会情勢で最も大事な老人ホーム施設を調べることにしている。
この貴重な1年間は日本を車で旅しながら、日本の老後を考えると題して、
色々と情報収集をすると決めていた。
階段が現れるようになると、失敗を恐れずに無茶をしそうだが、
そうではなかった。
却って、失敗をすることに慎重になり生活に落ち着きが出たようだ。
それでも、失敗は不可抗力で起こってしまうことがある。
しかし、今は狼狽えることもなく、失敗した途端に階段を駆け上がる。
丈二はいまだにこの力はどうして自分に現れたのか、いつも考えていた。
思い当たることがないわけではなかった。
でも果たしてその遠い昔の記憶がこの現象に繋がるかは定かでなかった。
そして、そのことが卒論のテーマを決めた理由でもあったのだ。
それは2、3歳の頃の記憶である。
その頃、一緒に住んでいた祖母との、たわいのない話がそれなのだ。
祖母の膝に座り、庭のブランコに揺られていた時だった。
丈二はいつも不思議に思っていたことを祖母に聞いたことがある。
「おじいちゃんは死んじゃったの?」
と丈二が言うと、祖母が、
「丈二のおじいちゃんはちゃんと生きているよ。」
と言ったので、丈二はちょっとびっくりして、
「えっ!どこにいるの?」
と聞いてみた。祖母は言いにくそうに、
「丈二のおじいちゃんは外国にいるんだよ、、、」
と、ちょっと小さな声で言った。そこで丈二は、
「なんでここに一緒に住まないの?」
と聞くと、祖母が、今度は思い切ったように、
「おじいちゃんは魔法使いだから、一緒に住めないんだよ。」
という答えだった。
丈二はその時まだ『魔法使い』がどんなものかわからなかった。
わからないまでも、その言葉は頭に残っていた。
そして、小学生になった頃、御伽噺に出てくる『魔法使い』と言う言葉がとても気になってきた。
子供心に『魔法使い』はいるはずがないことぐらいわかっていた。
きっと、おばあちゃんは嘘を言ったのだと、思っていた。
丈二が中学生になるとやはり、祖母の言葉が頭から離れなくなってしまった。
祖母はすでに老後施設に入って一緒にいなかったので、両親に聞いてみることにした。
丈二はある日唐突に、
「おじいちゃんって、魔法使いだったの?」
と、聞いてみた。
両親は非常にびっくりしたが、あからさまに否定するのではなく、
その代わりに突飛なことを言った。二人が顔を見合わせた後に母が、
「おじいちゃんはマジシャンなのよ。」
と答えた。そして続けて、
「魔法使いではなくマジシャンと言ったのを幼いあなたが聞き間違えたのよ。」
と言ったのだ。
その答えはとても納得できるものではなかった。
しかもマジシャンだとなぜ一緒に住めないのかも説明ができない。
しかしこの答えから、二つのことが丈二の頭に残ることになった。
一つ目は『魔法使い』と『マジシャン』では言葉の聞き間違えが起こるはずもなく、両親揃って怪しい態度だったこと。
もう一つは『マジシャンなのよ。』であり、『マジシャンだったのよ。』ではなかったことで、おじいちゃんは今もどこかにいるということ。
そして、明確な答えを得たわけではなかったが、この二つのことを
聞いたことで、丈二はその時満足だった。
今におじいちゃんに会いたいという気持ちが、
その頃から膨らんで行ったのである。
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