一冊の本から始まった旅
若いころの私は、むさぼるように小説を読んでいた。多い時には1週間に1冊のペースだったと記憶している。そのとき読んだ小説のひとつに、池澤夏樹氏による『キップをなくして』という作品があった。主人公の少年が改札内でキップをなくしてしまい、それ以降、駅構内で子供を守るガーディアンとして働く話だ。この物語のクライマックスに、主人公たちが寝台列車に乗るシーンが出てくる。このシーンを読んだ旅行好きの私は思った、寝台車に乗ってみたいと。
今からざっと15年前の話である。当時はまだ、寝台列車がいくつか走っていた。北海道へ向かう「北斗星」も「カシオペア」も、まだ健在だった。上野から青森に向かう、今は亡き「あけぼの」に、私は乗ることにした。当時はまだ、このルートは新幹線でつながっていなかったのである。
私が乗ったのはB寝台の個室。よく「カプセルホテルのよう」と言われていた部屋である。いわゆる寝台車らしい2段ベッドではなく、上下のベッドがそれぞれ別々の個室になっていて、ドアは任意の番号でロックすることができた。部屋の中は人ひとりがやっと寝ころべるほどのスペースしかなく、JRのロゴが模様として入っている浴衣が置いてあった。折りたたまれたシートを入口の方に倒すと、ベッドになるつくりだったと覚えている。
乗ってしばらくは、寝台車に乗るという特別感でなかなか寝るどころではなかった。だが、仕事が終わってから乗ったので、疲れから少し眠った。そして秋田あたりで目を覚まして、そのまま終点の青森まで起きていた。
そこから先は、普通の観光をした。電車が青森に着いたは早朝なので、そのあたりをぶらぶら歩いて時間をつぶし、展望台に上ったり八甲田丸を見たりした。
青森を観光し終わると、鈍行で八戸を経由して盛岡へ向かった。昼過ぎに青森を出発して、盛岡に着く前に日が暮れたのを記憶している。ちなみに10月のことである。盛岡では冷麺を食べてホテルに泊まり、翌日に石割桜や石川啄木新婚の家などを見た。帰りは盛岡から「やまびこ」に乗って帰った。社会人になってから初めてのひとり旅だったので、この旅は特に思い出深いものになった。