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本を出せる料理家の「何か」は本筋じゃないところに潜む

前エントリーでは「どういう人が出版できるんですか」に、私なりのおこたえを書いた。
今回は、次によく聞かれること、「どうやったら出版できるんですか?」という質問に対して考え始めたんだけれど、出版ノウハウじゃなくて、編集会議に提出するまでの編集者の頭の中味になっちゃった。
そんなんじゃ誰の役にも立たないじゃん、と自分ツッコミしつつも、徐々に料理本を出せる料理家の「何か」は本筋じゃないところに潜むことを書いていたら、少しずつ出したい人のための実践論に向かってきているので、もうしばらくお付き合いください。

企画会議に出すまでの編集者の頭の中

私の30年間の出版社勤務では、料理本ばかりでなく、旅行や趣味、就職・資格関係の実用書から、医師による医学分野のライトなエッセイまで本当に多くの企画のご提案をいただき、本にしてきた。
そうした場合、その分野に明るい、または得意な編集者が検討し、社内全体会議でふるいにかけた上で出版が決まり、編集担当が決まることになるわけだが、実際のところ話はなかなか進まないことも多い。

その著者さんがぜんぜんダメなわけじゃない。
でも何かが足りない。
そのテーマを出せばきっと市場が受け入れてくれる。
けれど、他類書に比べて明らかに一本立った何か。市場がもっともっと待ち望んでいたよー、と言ってくれる何か。
それが見つからない限り、編集者は企画会議に提出しないし、出したとしてもなかなか出版ゴーとはならない。

ちょうど昨日、原稿の進め方を打ち合わせした料理家さんからも似たような話を聞いた。

幸いにして、彼女を著者にした料理本は企画会議に通ったので、これから具体的な作業に入るところだ。
だから彼女はこの状態は心底感無量なのだと言う。
途中から関わり始めた私に、これまでの経緯を事細かく話してくれたのだ。
曰く、
ここまで来るのに、最初の打ち合わせから4〜5年かかっている、最初に打ち合わせた編集者は連絡を怠るとぷつっと返事がなくなってしまったので、ボツにされたのかと途中何度も心が折れそうになった、こうして打ち合わせが進むのが本当に嬉しい、なんでもやります! と。
電話の向こうの弾んだ様子が目に見えるようだった。

それを聞いた私は、さすがに4年も5年も企画を寝かせるのはレアケースだと伝えたが、内心、編集者が棚上げを続けていた理由もわからなくはないなと思っていた。

新人料理家に必要な「何か」が見つからない

料理本を出せることになって嬉しがっている彼女は美人だ。
地方局のTV番組にもレギュラー番組を持ち、プロの料理家として10年以上活動してきている。
印象的な瞳でカメラを見つめながら、手元ではちゃっちゃと男前な料理を作る。

しかし、しかし、だ。
紙媒体は料理家の姿形は二の次だ。主役は当たり前だが料理だ。
栗原はるみさんや有元葉子さんのように、ご自身も料理以上に魅力的で、それに魅かれて本を買うという熱心な読者がいれば別だが、新人の彼女には当てはまらない。
彼女の番組は楽しみにしていても、本を買うタイプのファンかどうかはまた別だからだ。
(地上波はもはや、You TuberやInstagramerと同列には考えられない)

すると、商業本として成り立たせるには、まずはテーマありき、そしてレシピ、そして本の構成や写真やスタイリングや本文を含めたデザイン、そしてそしてやっとご本人の魅力、となるだろう。

たぶんだが、最初の編集者は、この料理家を著者に立てて、こんなテーマでこんな感じの本にー、というぼんやりとした輪郭はあるのだけれど、ばちっとハマる「何か」が見えなかったのだ。

「何か」とは、この著者ならではの何かなのか、このテーマならではの何かなのか、双方を満たす強力な言葉の何かなのか、それとも別のノウハウなのか、何か対何かの掛け合わせなのか。
それが見えなくて、そのうち何かがどこからか「降ってくる」のを待っていたのではないかと推測する。

「何か」探しの旅にこたえが出る時

私も新人を起用する場合はそういうことが本当に多い。
この人ならやれる! とひと目で惹きつけられるカリスマ性を発揮する人はごく一握り。
普通は、料理もいい、レシピもわかりやすい、ご本人は性格がよくて誰からも好かれそうな感じのいい人、あるいは端正な美人とかかわいらしい人といったように、いわゆる形容詞がたくさんつく。

しかし、「普通」では本は売れないのだ。
じゃ、普通ではなくなる魔法のようなスパイスは何だ? と編集者は考え続けることになる。
そうしているうちに、企画が立ち消えになってしまうこともあるだろう。
逆にある日突然、天啓を受けて話が進み始める時もある。
どうしたら、なんて誰もわからない世界だ。

「何か」探しの旅は終わりが見えない。
編集者として、著者志望者に言えるようなことはなかなかない。
それでも何かをと無理やりノウハウのようなことをまとめるとするならば……

例えばだが、『●●●●のおうちごはん』のようなタイトルでヒットしている本があったとしたら、それは●●●●さんの魅力以上の何かが本の中にあるはずだ。それをヒントとして、次のことを考える。

それは、まず半年先の世情に著者のスタイルが合うかどうか
そして、著者候補の生き様…というとかっこつけ過ぎだが、著者の来し方。
これは人次第なのではっきりとこれとは言えないが、だいたいが料理の腕とかレシピとか調理道具の使い方以外の、料理家としての本筋じゃないところにその「何か」があることが多いように思う。

次回は、その著者の来し方の中にある「何か」を企画書に落とし込むと出版が近くなるよ、というテーマに挑んで書いてみたいと思います。

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COOKBOOK LAB./綛谷久美(商業出版編集)
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