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「聴く」チカラ~コンビビアルなマネジメント⑪

 ここまで他者理解を進めるためには、相向かいの関係性から根源的に脱却し同じ方向をみる姿勢とそれを促す環境や機会を意識的に創ること、が大切であることをお話してきました。
 この姿勢や環境、機会を支えるのが、対話力(コミュニケーション力)です。ここからは、そのチカラの源泉についてお話したいと思います。

 まず、対話とはどういったものであるかを簡単に整理しておきます。

 対話とは、自分と相手の価値観をすり合わせるなかで新しい価値観に昇華させていく行為です。従って、自分の価値観が変容することに対し、常に心を開いていることが求められます。相手との差異を能動的、主体的にみつけていこうとする姿勢(知的好奇心)が必要なのです。そして、その差異を大切にし、丁寧に発展させ、結果として、新しい価値観が醸成されていくことを「双方」で目指すこと、それが対話です。
 この対話において大切なことは、相手のことは分からない、という前提にたつことです。同じチームだから、長年連れ添った夫婦だから、この前伝えたから…といったように、分かりあっている(だろう)という前提からはじめると上手くいくものもいきません。無意識に差異から眼を背けることになるからです。
 
 分かりあっていないということを認識するのは不快です。だから分かりあっている前提にたって無意識にその差異を無視しようとしてしまうのです。差異は簡単に無視することができます。その方が不快でないからです。しかし基本的に様々な進化や発展は不快のなかから起こるのです。不快と向き合わず排除することばかりに注力してきた近代社会によって、わたし達には不快を無意識に避けようとする強力なバイアスが働いていることを強く意識する必要があります。自分のことすら分からないのです。相手のことなど分かるはずがありません。

 では、この対話するチカラ(コミュニケーション力)の源泉は何でしょうか?

 それは、「聴く」チカラです。

 コミュニケーションの重要性はどの企業、組織でも感じているものです。しかし、それでも、充分なコミュニケーションがとれている企業はまだ少ないのが実情ではないでしょうか。膨大なコミュニケーションツールに塗れ、それらに他律的に使われているのではと思えるくらい使用頻度は増えているのにも関わらず、です。
 どうしてでしょうか。

 それはコミュニケーションの目的自体が間違っているからです。
 コミュニケーションの目的とは何でしょうか?「伝える」ことでしょうか?
 わたしは、「伝わる」こと、だと思います。
 
 「伝える」と「伝わる」、たった一文字の違いですが、そこには雲泥の差があります。「伝える」は、自分のみで完結する行為です。利己的行為と呼んでもいいかもしれません。
 一方、「伝わる」は双方の関係性の変化を指します。利他的行為であり、その基盤はホスピタリティです。ホスピタリティとは双方が満たされる関係性を創りだすことです。人間のコミュニケーション様式は特有なものですが、それは「利他性」「ホスピタリティ」によってはじめて可能になったといえます。

 目的である「伝わる」に至るまでのアプローチに必要なものが「聴く」チカラです。
 この聴くチカラは、相手としっかり向き合わなければ少しも発揮されることはありません。勿論、ここでいう「向き合う」とは「相手と同じ方向をみる」姿勢があることが前提です。この「向き合う」に真面目に向き合うのは多大な労力や時間が必要になります。そのような余裕は現代社会にはない、と感じる方もいらっしゃるかもしれません。しかしそれでも向き合わなければなりません。「向き合う」ことは、コンビビアルな組織を維持するのに、そして自分がコンビビアリストとして仕事をしていくのに、必要不可欠な要素だからです。

 コンビビアルな組織は生命体組織です。一つひとつの細胞のように、網目のようなネットワークを構築しなければ、総体として何ひとつ未来へのアクションは紡げません。ですからどれだけ多大な労力や時間を投じることになってもすべきことなのです。そうでなければ組織としての生命は維持できないからです。

 またコンビビアリストの仕事は、責任と誇りから発露されるものです。そしてその仕事を円滑に進めていくためには他者との協働が必須です。スムースなコミュニケーションがあるからこそ、はじめて協働が可能になります。ですから、組織と同じく、どれだけ多大な労力や時間を投じることになっても何よりも優先すべきことなのです。それは自分自身のためでもあるからです。

 しかし、時間を含め、リソースは有限です。無限に、労力や時間を投じることはできません。

 適度にそのバランスをとればよいのでしょうか。
 集中的にリソースを投下すればよいのでしょうか。

 違います。

 日々1%ずつ積み上げていくのです。

 1%を積み上げる仕組み、仕掛けを創るのです。すべてを一人で抱え込む必要はありません。仲間を信じ、組織総体として、集合体として、その機能を担保するのです。組織での1%の積み上げにこだわり続けるのです。こだわり続けると、それはやがて組織全体に波及して、カルチャーとなり自律的にコミュニケーションが図られるようになります。多大な労力や時間は必要なくなります。ゼロコストになるのです。

  思考に気をつけなさい。それはいつか言葉になるから。
  言葉に気をつけなさい。それはいつか行動になるから。
  行動に気をつけなさい。それはいつか習慣になるから。
  習慣に気をつけなさい。それはいつか性格になるから。
  性格に気をつけなさい。それはいつか運命になるから。

 マザーテレサの言葉です。まさにその通りだと思います。
 これを言い換えると次のようになります。

 素の自分と向き合い、知の基盤を入れ替えると視点が変わり、見えていなかった世界が目の前に拡がり思考が変わります。思考が変わると、自分が発する言葉は自然に変わり、それは同じ質の志をもつ仲間に伝染し、生命体である組織全体の行動が変わります。この変化した行動はやがて、反射のように無意識にできるようになります。しかし、反射とバイアスは表裏一体ですから、それを絶えず深化・発展させるように、しなやかさを保てるように、組織全体で更に対話を続けていきます。これが絶え間なく「循環」するようになると、組織そしてそこに関係するコンビビアリストの未来は、希望に満ち溢れたものに変わります。

 真面目に「向き合う」環境下でこそ、聴くチカラはその輝きを放ちます。

 このチカラの核は、前述したホスピタリティと誇りと責任(当事者意識)ですが、更にもうひとつあります。それは知的好奇心です。

 知的好奇心がうまれると、自然と聴ける状態になります。
 知的好奇心が自然と発動されるような柔らかい状態に自分を置いておくことが重要なのです。そのためにも五感を解放する機会を意識的に創ることが必要になります。

 聴くチカラを磨く秘訣がひとつあります。それは、他人ではなく自分自身に聴き続けることです。つまりカルティベイトし続けるということです。そうすると結果として、聴くチカラはしなやかに豊かになります。
 
 自分と向き合うことから逃げないからこそ、相手にも真面目に、愚直に、素直に、向き合うことができるのです。

 向き合う→聴く→伝わる→向き合う……この循環したステップを踏むことで、自己肯定感、自己理解/他者理解の醸成が発露する環境、つまりコンビビアルな組織の基盤ができるのです。この当たり前のことを当たり前に淡々と実践することさえできれば未来は必ず変わります。

続く

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