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インタビュー: いつかまた飛んでいく日がくる ~ 熊谷寧子さん
熊谷寧子さんは身軽でポジティブ。
ふだんはコツコツ堅実ですが、実は子どもの頃から「飛び回りたい」願望の持ち主。
ご本人いわく「石橋は念のため叩くけど、結局は叩き壊して直感で進みます」という思いきりの良さも大きな魅力です。
1年生、年少さん、1歳。3人の子どものお母さん。
本年6月に紹介した映像制作会社「ピリカサク」のスタッフでもあります。
聞き手:イノウエ エミ
撮影 : ピリカサク 松本 美夏
(2019年7月下旬取材)
◆ 震災からのスピード結婚で3人のママへ
―――1年生から1歳まで、3人のお子さん。毎日忙しいでしょう。
毎日、寝落ちです(笑)。記憶がない…。
―――旦那さんは、帰りは早いですか?
早い日もあれば遅い日も。いちばん楽なのは出張かも(笑)。子どもだけなら、ごはん何でもいいや~って。
―――わかります。残業して遅く帰ってきて家でごはん食べられると、何げに困るんですよね~。
旦那さんが残業から帰ってきてごはん食べ始めると、子どもたちもまた食べるんですよ…。「え、夜ごはん2回め? そうだね、3時間経ったもんね…」 みたいな(笑)。
―――結婚してこちらに来るまでは、ずっと関東にお住まいだったんですよね。震災の時は…?
独身で、東京で仕事をしていました。そのとき、お寺の会議室を借りてセミナーをやっていたんですが、いちばん最初にお坊さんが逃げ出したのがすごく衝撃的で…。
―――えーっ。ありえない!
お坊さんが走っていて、私がなぜか非常口の扉を押さえてて。
―――そのあとも、東京はしばらく混乱していたでしょう。
緊急地震速報にビクッとしたり、電車が揺れると怖かったり。電車が止まるかもしれないから食糧を持っておこうとか、歩きやすい靴で…とか、会社に行くにもいろいろ考えていましたね。
――― 一人暮らしだったんですか?
はい。
―――えーっと、そのときはもう、旦那さんとはお付き合いされてたんですか?
もともと遊び仲間の一人だったけど、彼は福岡に転勤して。つきあってたのかな~、微妙な時期ですね。でも、7月に結婚式してました。
―――えーっ。なぜそんなにサクサク進んだのですか? 震災は関係ある?
あのとき、一番最初に電話がつながったからだと思います。私の中ではそういう感覚。彼はたまたま沖縄に出張に行ってて、空港でテレビを見て電話をくれて。福岡からだとつながらなかったらしいんですよ、あのとき。
―――そっか~。ある意味、運命だったんでしょうか。それとも、なるべくしてなったのかな。
結婚ってそういうものですよね。タイミングというか。
◆ 海外で気づいた「英語、いらない!」
―――結婚してすぐ、海外研修に行ったそうですね。
確か文部科学省がやっていたライフワークバランスの海外研修で、2週間くらい会社を休んで行きました。
―――2週間もお休みをもらえるのはすごいし、行こうと思うのもすごいですね。
「行きたいんです」と上司に言ったら、「夏休みと同じだもんね」とハンコを押してくれました。
海外、好きなんです。いつもと違うところに行ったり、体験したりするのが好き。けっこう自由に飛び回ってましたね。
―――ちょっと待って。飛び回るといえば、幼稚園ママたちのうわさで、体操の選手だったと聞いたような…?
やってました、小学校から高校まで。
―――体操について、事前アンケートでまったく触れられていませんが(笑)
私の中で消滅してましたね(笑)。習い事のひとつくらいの感覚で…。
そういえば、子どもの頃にサーカスを見て以来、中学くらいまでは「将来なりたいもの」に「サーカス」って書いてました。
―――へぇ~ すごい!
空中ブランコがしたくて。サーカスを見る前は、「パイロットになりたい」と言ってました。
―――わぁ、全部つながってるんじゃない?! パイロット、空中ブランコ、海外研修。
飛び回りたい願望 (笑)。
―――最初に海外に行ったのは、高校の短期留学でしたっけ?
はい。ニュージーランドに行きました。1か月弱だったかな。
―――けっこう長いですね。楽しかった?
楽しかった~! 交換留学だから向こうの学校にも行くんですけど、英語の授業はさっぱりわかんなくて、でも学校がすごく楽しくて。
帰って一言めの感想が「英語なくても生きていける!」だったんです。
―――えええ、逆~!(笑)
親も爆笑してました。「もっと勉強しとけばよかった、勉強しよう!」と言うのを期待してたのに…
私にしたら、ごはん食べられた、学校にも行けた、お風呂もトイレも大丈夫。ジェスチャーもあるし、ちょっと辞書開けばわかるから、「これで済むんだ~」って。
―――不自由を感じなかったんですね。その感じ方が才能だと思う!
それで味をしめて、大学でもヨーロッパ研修に応募して、十数か国回ったかな。プログラムがない日もあって、半分くらいは自由行動。
―――何するんですか?
お散歩? 電車に乗って観光地に行ったり、スーパーに行ったり。手ぶらで歩くから、道を聞かれる人でした。
―――ちなみに、そのときは英語は…。
あんまり上達してません(笑)。だって英語じゃない国もあるし。ドイツとかフランスとか、英語があんまり通じないんですよ。「なーんだ」って。
―――「なーんだ、やっぱり英語なくても生きていける」って(笑) すごいな(笑)
◆「overthere」で何とかなる!
―――大学は、何学部だったんですか?
社会学部です。消去法だったんですけどね。通学に片道3時間くらいかかって…。
―――えーっ。
実家が千葉で、大学が茨城。先生は「そんなに遠くないよ」って言ったんです。確かに車で行けばそうなんですけど、電車を乗り継ぐと2時間半、3時間。
でも、始発から乗って終点までだから、座れる、課題できる、課題終わる…「ま、いっか」みたいな。
―――…大変な大学生活ですね。
ふだんはコツコツタイプなんです。
―――それで、大学時代に社会福祉士の資格をとったんですね。
はい。パソコンメーカーに就職しました。視覚障がい者にパソコンを教えるとかで、メーカーが有資格者を探していたんですね。
そのころは出張が多くて楽しかったです。出張は国内でも海外でも楽しい! けっこう空き時間があるんですよ。荷物が届くのを待ったり、イベントの設営が終わるのを待ったり。そういう時間に出歩いて…。
―――もう、その話にすごく納得です(笑)。
海外に行くときは、上司を示して「あの人がプロです」っていう英語だけ覚えていくんです。「専門家はあの人です」って。
―――即座に上司に振るんだ(笑)。英語でどんなふうに言うんですか?
…もう覚えてない(笑)。
―――最高!!!(笑)
あ、話してて思い出しました。高校のとき、空港でバイトしてたんですよ。成田で。
そのときも「インフォメーションはあっちです」だけ覚えて案内してました。「overthere~」って。
―――ずっと変わってない!(爆笑)
今、思い出した~! 成長してない!(笑)
◆「みんなとちょっと違う自分」を信じてた
―――20代で、一度転職されたんですね。
パソコンメーカーの部署では、複数の福祉メーカーをとりまとめている団体とかかわりがあったんです。その団体の賀詞交換や総会でお手伝いしたり、出入りしているうちに、そこの事務で働いている女性2人に憧れるようになって。
お2人が辞めなければ募集が出ないんですが、上司に「あっちで働きたい」と相談はしていました。
―――自分の上司に? それもすごい話ですね(笑)。
本当にかっこいい女性たちで、その後、1人は議員さん、1人は化粧品会社の社長さんになったんですよ。
―――すごい~! とても能力が高い人たちだったんですね。ということは、その後任に入った寧子さんも…。
そんなことないんですけど、20代の頃は「自分は特別でありたい、みんなと違うんじゃないか」という優越感みたいなものがあったかも。
―――たとえばどういう点で?
何か明確にあるわけじゃないけど…。
たとえば海外出張とかしていると、まわりから「すごいね」という目で見られたりするじゃないですか。そんなちょっとしたことで「私はできる」と思ってた気がします。
―――それは、優越感かもしれないけど、見方を変えれば自分を信じられる力、自己肯定感なのかもしれないですね。
「私なら何とかなる、大丈夫」みたいな思い込みで動いてました。
―――思い込める力、すごく大事だと思います。それがなければチャレンジできないんじゃないかな。
◆ 「私は何をしたいの?」考え、学んだ日々
―――結婚して東京から福岡に来て、すぐ出産…。子育て以外の活動をするようになったのはいつごろですか?
長男が幼稚園に入るか入らないかくらい。
少し手がかからなくなって手もちぶさたで、ママ向けのイベントに参加したりしていたら、「お手伝いしませんか」と声をかけてもらうようになって。楽しくて、どんどん外に出るようになりました。
―――「直感型」とのことですが、最近…ここ数年でもいいですが、迷ったこととかありますか?
迷ったこと…「私に何ができるだろう? 私は何がしたいんだろう?」とは、ずっと思ってました。
―――すごく考えちゃいますよね。新しい土地で、子どももいて…。
イベントって、たとえばアクセサリー作りのように「私これがやりたい」という人が出展してますよね。運営側から見ているとうらやましくて、「私はどうなんだろう?」とモヤモヤするものがありました。
―――それで、大人のための学びの講座に行ったりしたんですね。
自分が何をしたいのか、はっきりさせたくて。そこで出会ったのが松本さんです。
ここ(ピリカサク)は映像制作の会社でカメラマンもいます。私も写真や動画を撮って、編集もできるようになりたいと思っています。たとえば子どもの幼稚園でも、卒園式の動画を撮ってうまくまとめてプレゼントしたら喜ばれるだろうな、とか。
―――何がしたいのか、見つかった感じですか?
私にとっては「役に立ちたい」という気持ちが一番強いんだな、と。
私自身がこんな仕事をしたい、事業をしたいというよりは、「こういうことしたいんだよね」とポンと言われて共感したとき、そのことがスムーズに進むように動きたい。
縁の下の力持ち、というのかな。
―――すごく大切な役割だと思います。そういう人がいないと進まないことがたくさんある。
そういえば、前職でも「めざせ、裏ボス!」と言われてました(笑)
◆ ほんとの家族になるための3人目だった
―――今のライフワークバランスには満足していますか?
仕事か子どもか、どちらかに振り切っちゃうことが多いですね。
仕事がワーッとなると子どもがおろそかになり、子どもの行事や病気のときは仕事ができない。バランスがとれなくてストレスがたまるときもあります。
でも、「どちらかをとらなくていい」と思ってるから。
―――どういうことですか?
仕事かプライベートか、どちらかを選ばなきゃいけないわけじゃない。
「どちらもとる」という選択肢があっていいんだよ、と教えてもらったんです。
いつかまた、好きなところに行くかな~とも思うし。
長男が1歳の時、おんぶして屋久島に行ったんです、友だちと。
今は3人…まだ難しいかもしれないけど、そのうち、その気になれば。
―――「ママになったからこれは無理」「ちゃんとしなきゃ」と思い込んで苦しくなっちゃうより、「いつかまた」と自然に思えるっていいですね。
「ま、こんなもん」というのが私の口ぐせで。あきらめてるわけじゃなくて、受け入れているというか…。
―――寧子さんのポジティブさを表している言葉かも!
いちばん上のお兄ちゃんにはついついきつく怒っちゃって、反省することもあります。大人の感覚で怒っちゃうけど、よくよく聞けば彼なりの理由があるんですよね。
―――ストレスがたまってきたときのストレス解消は?
自分で気づいてなかったけど、「体を動かすことでしょ」と言われて、「あ~、そうだ」って。子どもを自転車に乗せて職場まで来てみたり。
―――えっ。かなり遠いですよ~!
今年は福岡マラソンも走ります。一度ホノルルでマラソンを走ったことあるんですけど、福岡はコースがあんまり…(苦笑)。
途中、美味しいものがエイド(給水や捕食のためのステーション)にあるといいな。旦那さんと二人で申し込んだんです。
―――旦那さんも走るんだ~!
2年前も走って完走してました!
―――旦那さんに子どもを預けることはありますか?
休みの日は公園に連れて行ってもらうことが多いですね。
3人目が生まれてから、かなり変わりました。ほんとに家族になったというか。
―――それまでは、一人でがんばってたんですね。
2人までは、私一人で何とかなってたんです。
でも3人だと、私だけじゃバスにも乗れないんですよね。ベビーカーが上げられなくて。
「我が家の場合、そういうことに気づくための3人目だったね」と話しています(笑)。
(おわり)
編集後記
実は寧子さんとは1年間、子どもの幼稚園で一緒でした! もう3年前になりますか。ピリカサクがご縁で思わぬ再会ができ、こうしてじっくりお話ができる機会に恵まれてうれしいです。「○○ちゃんのママ」というだけではなく、一人ひとりに長くてすばらしい人生の歴史があって、今この姿なのだと実感します。
寧子さんは、起こることをありのまま受け入れながら、心はいつも自由で、自分の居場所を自分で作ってきた人だと思いました。きっと、これからも。 (イノウエエミ)