『エディプスを失った街で』第6話
「土田、お前んところの子ども、何歳だっけ?」
昼休みのことだった。
年が明ける直前。寒さに震えながら俺がカップラーメンの完成を待っている間だ。
赤色のパッケージ部分に手を添えていると、かじかんだ手が急速に温められて痛い。だけど、ここ二ヶ月ほどでこうでもしなければ箸すらまともに持てたものではないということは学んでいた。
この街の冬はとにかく厳しい。
「六歳っすよ。来年から小学校です」
「来年から小学校か……」
倉敷さんとの現場は半月ぶりで、話すのも半月ぶりくらいだった。
仕事が終わると息子さんのご飯のために、倉敷さんはすぐに帰ってしまう。だから、ぐずぐずといつまでも仕事場で遊んでいる俺とは時間が合わないのだ。
「いきなりどうしたんです?」
「いや、な」
「なんですかそれ……気になるんすけど」
アラームが鳴る。三分が経った合図。
俺は急いで蓋を開くと割り箸の片側を口で挟んで、ラーメンを左手で押さえたまま右手で割り箸を割る。
ラーメンを乗せた太ももはもうすっかり温まっているが、身体の中はまだまだ冷えたままだ。
「相変わらず忙しいな」
「カップ麺は時間通りが一番美味しいんですよ。三分なら三分。五分なら五分と時間を守らないと、味がどんどん落ちるんです」
「そんな繊細な舌してるのか?」
倉敷さんをじっと睨みつけながら、俺はラーメンを勢いよく啜った。火傷しそうなくらいに熱いラーメンが今は心地良い。
飲み込むと食道、胃と、ラーメンの通り道が一気に温まるのを確かに感じる。
「そりゃ気分ですけど、それでも自分の中で美味しく食べるための方法がちゃんとあるんですから、そうしないと損した気分になるでしょう? 倉敷さんももっと色々拘った方がいいですよ。その方が人生ハッピーっすから」
「拘り、ねぇ」
「ところで、さっきの質問は何だったんです?」
ラーメンを口に含んだままそう聞くと、倉敷さんは明らかに嫌そうな表情を浮かべる。
「隠し事ばっかでずるいっすよ」
箸を倉敷さんの方に向けてそう言うと、箸を下げさせられた。
「息子がな、受験のことですべり止めは要らないとか言い出して」
「良いことじゃないですか、お金かからないし」
「子どもに遠慮させてんだよ。不甲斐ないだけだ」
「そうですかね……? 俺だったら、どれだけ親に迷惑がかかると思っても、自分の人生を優先させちゃうけどなぁ。それに、息子さん、優秀なんでしょう?」
自分の人生以上のものなんて、子どもにはないだろう。少なくとも俺は息子が生まれるまで、自分以上に大切なものがあったことなんてない。だから離婚なんてことになってしまったのかもしれないが。
自分で作っているらしい弁当を食べ終えた倉敷さんが、車の座席を倒して目を瞑る。
「深く考えすぎですよ。少なくとも、倉敷さんの話を聞いている限りの息子さんだったら、倉敷さんがちゃんと話してそれでもすべり止めが要らないって言ってる限り、心配する必要は無いと思いますけどね」
「一時まで寝るわ」
お金の問題は難しい。
震災があって俺は確かに大金を手に入れたけれど、それは望んだお金なんかではない。だけれど、きっと倉敷さんのような人にとっては望んだお金も望んでいないお金もないのだ。
それは、何となく分かる。
「おやすみっす」
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