『手を伸ばす』最終話
「恋愛なんていうものは、本人にとっては重大なことでも、外から見ていると存外大したことがないものさ」
怜は、あの東京のイギリスパブで貴幸に言われた言葉を思い出していた。
千葉駅に隣接した駅ビルの、四階。駅から直通のそこにあるカフェで、彼は緊張した面持ちで人を待っていた。
確かに、貴幸の言葉には頷けるものがある。
と、怜は考える。そもそも、怜のトラウマでさえ、そういう類のものであるといって問題ないだろう。
存外、トラウマというものの半分くらいはそういうものなのではないかとさえ、今では怜は思うのだった。
――それでも。
しきりに辺りを見回す怜のもとへ、店員がやって来る。注文をしたいものと勘違いされたのだ。これで二度目。「もう一人来るので、その人が来てからお願いします」と今度はしっかり断りの言葉を述べた。
そして、そんなどうってことのない言葉でさえ緊張によって微かに震えていることを、怜は認めざるを得ない。
スマートフォンを鏡代わりにして、怜は自身の髪型を確かめる。おかしなところはないか。その確認は、もう何度目か分からなかった。
貧乏ゆすりをしてしまう足を押さえつける。連絡が来てないか、何度もスマートフォンを確かめる。スマートフォンを見たばかりなのに、腕時計で時間を確認する。
そうだ、財布の中身は大丈夫だろうか?
思い立って財布を確認すると、多すぎるくらいのお金がそこに収められていた。
やる事がなくなってしまうと、店員の目が気になり始める。別に彼らが怜に対して特段の感想を抱いていないことくらい、怜にも分かっていた。だが、気になるものは仕方がない。
やる事もなくなって、仕方なしに怜は客を数え始めた。
一、二、三、四……。
と数えていくうちに、怜の身体が小さく跳ねた。
入り口に立つ一人の少女の存在に気が付いたのだ。
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