『手を伸ばす』第一話
「告白されたんだ」
昼食時の喧噪の中、親友に「告白」の告白をした秋山怜は、何かを心配するように辺りを見回した。忙しなく流れる人々の中でさえ、その動きは少々浮いて見える。
不審に思ったのか、辺りを見回す怜を眺めていた男女二人組と彼の目が合った。
怜は焦ったように、男の黒いニットに視線を落として、次に何かが違ったのか女性の白いスウェットに視線を移動させ、そうして目の前に座る鈴木貴幸のところに視線を戻した。
対照的に、怜と向かい合った貴幸は落ち着き払っている。
ただ、少々驚いたのか唐揚げを箸で挟んで口元に持ち上げたまま、その動きを止めていた。
「付き合うんだ」
怜の発言からたっぷり数秒の間を置いて、ようやくそう口にした貴幸は唐揚げを口に放り込む。心なしか、その動きは怜の言葉を聞く前のそれよりも楽しげだ。
唐揚げを咀嚼する貴幸を見つめて、怜が首を振った。
トレーに乗った暖かい緑茶の入ったコップを手に取りながら、貴幸が右の眉を上げる。少しだけ首を傾けて、怜の話を促す。
お昼時とあって、学食の席はすべて同じような格好の学生で埋められていた。だいたいは同じ系統の人間で固まっている。
流行のファッションに身を包んだ楽し気なグループと、全身をファストファッションで固めたいかにも真面目そうなグループ、その他にもギターか何かを持った人々のグループに、弓を持った人々のグループ。果てには模擬刀を野球のバットでも入れるようなケースに入れた集団までいた。
その中で、怜と貴幸という組み合わせは、どこか浮いたものだった。
怜は、基本的に流行りというものを知らない。秋や冬になるといつも同じ、黒い立て襟のフェルトに似た生地でできた独特のジャケットを着ていた。
容姿に変わったところはないがどこか浮世離れしたその様子に、怜を「仙人」とか「画家さん」などと呼ぶ友人もいる。
対して貴幸は、流行りに敏感な男だった。この日も貴幸は、秋らしい焦げ茶色のコーデュロイ地のパンツに紅葉を思わせる色のシャツを着ていて、周りには幾人か、同じような格好の人間が確認できる。
「迷っているんだ。分かるだろう?」
今度は周囲を伺うことはなく、しかし代わりに自信がなさそうに怜はそう言った。
お茶を飲んだ貴幸が、わざとらしく息をつく。
「でもそれは、過去の話だろう?」
「そりゃあもちろん、現象的には過去の話さ。でも、果たしてそれが本当に過去の話足り得るのかどうか。それはまだ分からないじゃないか」
「相も変わらず面倒な男だ。もっと物事をシンプルに考えられないものかね。いやしかし仙人様にゃ、そのくらいが丁度いいのかもしれないが」
冗談らしく言って微笑んだ貴幸に、怜も微笑み返した。しかしすぐにまた如何にも深刻そうな顔を作って、貴幸を見つめる。
貴幸は怜の瞳が喜びに燃えていることを無言のうちに見て取っていた。
「そもそも、唐突過ぎると思うんだ。もちろん、僕の思いもなんの脈絡もないものに違いはないのだけれど、それでも僕は、彼女の容姿に惹かれているという前提があった。だけどさ、自分で言うのもなんだけれど、僕の容姿は女の子にウケる類のものじゃあないだろう? ……あぁ、分かっているとは思うけれど、僕は僕の容姿にコンプレックスを抱いているわけじゃないぜ? 平々凡々な容姿に僕は十分満足しているさ」
「彼女のほうは、怜が彼女のことを可愛いと思っていたことを知っているのか?」
「よせよ」
怜が慌てたように顔の前で両手を大袈裟に振る。赤面してしまった顔を隠したい思いと、それを隠すことへの恥ずかしさがぶつかり合ってた結果だろう。
「ともかく、告白されたんだ。貴幸は……どう思う?」
「どう思うったって、怜。お前はどうするつもりなんだ?」
「それを決めるために話が聞きたいんだ。僕の前の彼女との話は、君も知っているだろう?」
カレーを未だ半分ほど残している怜に対して、いつの間にか唐揚げと白米、気持ちばかりのサラダに味噌汁を食べ終えた貴幸が腕を組んで唸った。
「大抵の場合さ。怜の相談事っていうのは結論が出ているんだ。そうなってくると、お前がどうするのかを考えるために、怜という人間について考えなくちゃならない」
「俺自身のことを……?」
頷いて貴幸がお茶を飲む。
いつの間にか周囲の学生は半分ほどに減っており、貴幸がちらりと、彼女と揃いの青い文字盤の腕時計を確認すると、講義が始まる五分前だった。
「そろそろ講義が始まる」
「そうか、それじゃあ行こうか」
急いでカレーを掻き込んだ怜に、仙人らしいところなど一つもない。
緊張していたのか、いつもはほとんど一瞬で食べ終えてしまうカレーが喉をなかなか通らなかったことに、怜は不安を感じていた。
「あの女のことは、忘れたほうがいい」
「え?」
呟いた貴幸は怜を置いて先を歩く。
貴幸は、実際には怜の前の彼女のことについて、あまり知っているわけではなかった。ただ、その女が怜を裏切り、複数人の男と関係を持っていたと、そういうことだけを聞いていた。
怜がそのことについて語るとき、彼がいつも寒々しい笑顔を浮かべることを貴幸は思い出していた。
「講義が終わったら千葉駅に行こう」
「千葉駅? まあ、いいけど。珍しいこともあるものだな」
「お前のそのニヤけた面ほどじゃないさ」
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