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あこがれの名器で新しい挑戦!
新しい年度が始まってから、もうそろそろ一か月。
今までとは違った環境で、新しいことにチャレンジしておられる方も多いことでしょう。
私のほうでは、今年に入って大きな節目となる出来事がありました。
長い間、ずっと手に入れたいと思っていたあこがれのモデルのリュートが、ひょんなことから自分の元にやってきたのです。
その楽器がこちら。
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17世紀初頭の英国モデルの9コース・リュートです。
この楽器の元の持ち主は、以前に「私のあこがれのリュート奏者たち」の記事で紹介した一人である、ナイジェル・ノース氏。
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リュート界そして古楽界では言わずと知れた、現役バリバリのレジェンド奏者です。私にとっては雲の上の存在で、これまでに直接の師事歴はなく、マスタークラスやシンポジウムの場で少しだけ言葉を交わす機会があったのみ。
そんなナイジェル氏が、今年に入って活動拠点を米国から欧州に再度移すにあたりこのリュートを売却したいという情報を、ほんの偶然につかみました。
スイスから早朝の一番列車に乗ってドイツに出勤しなければならない日の前夜のこと。なんだかいつも以上に寝付けず、「もういっそ徹夜してやるか!」と思って、布団の中で普段は開かないSNSをふと見ていると、なんとたった数分前にご本人のポストでこの楽器の売却情報が!
しかも私が夢にまで見た9コースリュートで、一瞬これは夢か?と思いましたが、迷うこともなくその場でご本人にメッセージを送ると、向こうからこれまたすぐに返事が。
「はい、君に売却決定!」
・・この一連の流れこそが、まさに夢のようでした。
それから2か月ほどしてから、ベルギーの新居の準備のためにやってきたナイジェル氏を訪問し、無事に直接楽器を受け取りました。
こちらが譲渡の儀式の図。ナイジェル氏の許可を得てこちらに掲載します!
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実はこのリュート、あらゆる意味でレア中のレア楽器なのです。
英国の名工ポール・トムソン氏は、かなり前から新規の注文を受け付けていないばかりか、そもそも9コースリュートの製作例が極めてレア、というよりナイジェル氏が知る限り、「世界でこれ一台!」だそうです。
ナイジェル氏は、この楽器との別れを前にして、ジョン・ダウランドのリュート作品を実演してくれました。
そう、この9コース仕様のリュートはダウランドの演奏にはまさに理想的な楽器なのです!
この楽器を使って、ダウランドを中心にソロ録音を4点、アンサンブル録音を3点もリリースしたナイジェル・ノース氏。
その最後のものは、昨年秋の来日公演も話題となった、カナダの団体「レ・ヴォワ・ユメーヌ」との共演でのダウランドの録音です。上の映像で弾かれているのがまさにこのリュート。
ナイジェル氏からは、
「ひとたび君の手に渡ったからには、もう私のことに気にせずに、楽器のセッティングも含めて好きなようにしてくれて良いし、自分で気に入った音を見つけてね」
と言われたものの、いきなり弦を替えたりするのには躊躇します・・
ともあれ、名手によって充分に弾きこまれただけあって、楽器の鳴り具合は抜群です。
今はもう、毎日この楽器に触れるのが楽しくてたまりません。
しかし、まだ公式にお披露目する予定が立っていないのは、この楽器に自分がフィットするまで、まだしばらく時間がかかる気がするからです。
そもそもこの楽器は私が今までメインで使ってきたリュートよりも弦長が6センチほど長く、ボディもかなり大きめ。
だからこその今までに体験したことがないほどの深い音色は大いに魅力だとはいえ、左手・右手ともに、従来のテクニックのままでは太刀打ちできません。
同じリュートでも、弦の数やサイズが違う楽器に順応するまでには時間がかかります。少なくとも私は・・
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先日、試しにこのリュートで何曲か録音してみたのですが、客観的に聴いてみてまだ自分では到底納得できない出来でした。
そのあとで、実際にナイジェル氏がこの楽器を使って録音したものを恐る恐る聴いてみて、本当に「パンドラの箱」を開けてしまった気になりました。
「ああ、自分はまだまだだ・・」
正直かなり凹みました。とはいっても、まだこのリュートが手元に来てから日も浅く、楽器のほうは相当のベテランゆえ、「そう簡単にお前の思い通りになるか!」と言われているような気にすらなります。
このリュートが日々私に教えてくれることははかり知れません。
まだまだ私の体には馴染んでいませんが、いつかこれを使いこなせたら、必ずや私の夢を実現してくれる楽器だと信じています。
ですから今は、尊敬する大先輩がこの楽器に込めた思いを大事に受け継ぎつつ、焦らずじっくりと自分の音を探していければと思います。