テレワーク下で多拠点かつ急拡大する組織への対応術-ContractS流の開発組織づくり
※本記事は朝日インタラクティブの運営するWebメディア CNET Japanに、2021年8月23日に掲載された寄稿記事を構成を変えて転載しています。
氏名:守屋 慧
所属:ContractS VP of Engineering
ContractS(旧Holmes)は「世の中から紛争裁判をなくす」という志のもと、契約の本質的な課題解決を通して、権利義務が自然と実現される未来を目指している。そして「ContractS CLM」は、契約プロセスの最適化と契約ライフサイクル管理を実現する、国内初の契約マネジメント(Contract Lifecycle Management, CLM)システムである。
「ContractS CLM」によって、クラウド上での電子契約に加え、契約書作成・レビュー・承認・締結・更新・管理といった、契約にまつわるあらゆる業務を集約し、契約業務の効率化を実現することが可能となる。
本稿では、東京と長野の2つの開発拠点を中心に「ContractS CLM」の開発を行うContractS開発部の事例を通じて、テレワーク下でもモチベーションとパフォーマンスを上げるエンジニア組織づくりについて考察する。
コロナ禍でのテレワークシフト、組織の急拡大にどう対応する?
成長ステージだからこそ不確実なことが多いプロダクト開発。その中で成果を出すためには、一人ひとりがプロダクトを深く知り、機敏に対応できる必要がある。これを実現するためにContractSでは、短期間でソフトウェアを作りながら仮説検証を繰り返すアジャイル開発を採用している。アジャイル開発のメリットを活かすためには、メンバー一人ひとりが組織に定着し、プロダクトへの深い理解を持つことが重要であると考え、社員が定着しやすい組織づくりを新型コロナウイルス感染症の拡大以前から実践してきた。
直近1年では、キャリア開発を支援する目標管理制度の運用や、チームや職能をまたいだメンバー間での関係性構築の取り組みなどが効果を発揮し、正社員の年間離職率を10%未満に維持しながら、エンジニアやデザイナーが在籍するプロダクト開発組織を約2倍の人数を擁するまでに拡大させることができた。
コロナ禍でのテレワークシフト、組織の急拡大といった大きな変化を経験したこの1年間は、以前の小規模組織では機能していた組織づくりの取り組みに対しても変化が迫られた。こうした環境変化のの中で「やめたこと」「新たに始めたこと」「取り組み続けていること」を以下で紹介する。テレワーク下での組織運営に課題を感じている開発組織の方々の参考になると嬉しい。
テレワークシフトによって「やめたこと」
■1. 対面での採用面接
対面での採用面接は、テレワークシフト直後から中止している。特にこれまで最終面接は長野拠点にいるCTOが東京オフィスに出社して行うなど、都道府県をまたぐ移動が伴うこともあり、コロナ禍でのテレワークシフトを契機にすべての面接プロセスをオンライン化した。
完全オンラインでの面接プロセスによって、これまですでに10名以上のメンバーが入社を決めてくれた。また、面接がオンライン化したことに伴い、拠点をまたいだ面接担当者のアサインなど採用活動の自由度が高まり、より多くの開発メンバーが採用活動に携われるようになった。
採用に関わる開発メンバーが増えることで、オンラインでペアプログラミングを行う面接のアイデアが出てきたり、採用基準のすり合わせなどのディスカッションを通じて、メンバー自身の能力向上にも繋がっていると感じる。
ペアプログラミングによる面接では、コードそのものだけでなくコードを書く過程の思考を共有することを大事にしている
また、オンラインだと候補者に対する魅力づけが難しいなどの課題もよく言われるが、以下2点に力を入れることで、リモート環境でも詳細にContractS開発部の魅力や個性を届けることができている。
1点目は、会社の志やミッションと日々の業務の繋がりを伝えること。「世の中から紛争裁判をなくす」という志から、具体的なプロダクト開発の日々の業務がどのように接続しているかを、採用担当者から面接を担当するエンジニアまで、それぞれの立場から候補者に伝えている。
2点目は、候補者のケイパビリティ(能力や可能性)をどのように活かして活躍してほしいかを、高い解像度で伝えること。内定をオファーするタイミングはもちろんのこと、採用プロセスの初期段階から、レジュメや面接でのフィードバックを元に候補者の方が組織課題のどの部分に貢献することができるか、という観点で複数の仮説を立てている。例えば採用の初期段階ではデザイナーのポジションに応募していただいたある候補者に対しては、本人の経験やこれから先のキャリアに対してディスカッションを重ねた結果、プロダクトマネージャーのポジションでオファーしたことで、ContractSでのキャリアに魅力を感じてもらえて入社につながった。
■2. リーダーのみが参加するミーティング
テレワークシフト以前は、週次で開発組織のリーダーが集まって、現状の課題などについてディスカッションするミーティングを実施していたが、テレワークシフトに伴い廃止した。理由は、組織のメンバーから見たときの透明性の低下だ。
オフライン中心の勤務だった頃は、オフィスの中でリーダー陣が話していることを、メンバーもなんとなく察したり、必要があればその場で声をかけて議論に参加することもできていた。
しかしミーティングがオンライン中心に移行したことで、リーダー陣が密室で打ち合わせを行っている状況となってしまい、メンバーから見たときの透明性が低下してしまった。
そこで、週次での課題共有やディスカッションを、リーダー陣だけでなく、組織のメンバー全員が参加する形に変更し、全員が課題を共有できる場に変化させた。
このミーティングも当初は組織の全員が参加し、チームごとに発表者が情報を共有する方式を採っていたが、組織の拡大とともに少数の話し手と多数の聞き手に分かれてしまうことで、情報共有の密度が徐々に下がってしまった。これを解決するため、チーム混合のランダムなグループに分かれて、対話を重視する方式に変更した。この結果、メンバー一人ひとりが自チームのことを語り、フィードバックを受ける機会を得ることで、情報共有の密度を高めることができた。
ミーティングではオンラインホワイトボードを活用し、それぞれのチームの定量的なメトリクスや定性的な所感を事前に書き出した上で、ディスカッションを行っている
■3.常時接続
テレワークシフト以前は、東京と長野の2拠点を繋ぐビデオチャットの常時接続を実施していた。ちょっと困ったときや、緊急での対応が必要な場合などに気軽に話せるため重宝したが、テレワークシフトに伴いこれも形を変えた。
テレワークシフト当初、zoomやgoogle meetといったビデオチャットの常時接続をそのまま試してみたが、一定のマシンパワーを必要とする開発ツールと並行して立ち上げるとPCの負荷が高くなることや、各自が今どのビデオチャットルームにいるのかが見えないため、気軽に声をかけにくいといった課題が顕在化した。そこでDiscordを導入し、ほぼ常時接続状態で活用している。
Discordは、ボイスチャットに特化しているため、ビデオチャットと比較してPCの負荷が低いことに加え、お互いがどのチャットルームにいるのか、アクティブに会話しているのか、といったスタータスがわかりやすく、気軽に声をかけやすいという利点があり、ビデオチャットの代替として使い勝手がよいと感じている。また、自由にチャットルームを開設できる特徴を活かし、チームごとに雑談ルームを作ったり、集中モードに入っていることを周囲に知らせるためのルームを作るなど、様々な工夫を重ねている。また現在では、カスタマーサクセスやプリセールスといった他部署のメンバーもDiscordに参加しており、スピーディにコミュニケーションをとるためのプラットフォームとして活用している。
あるチームのdiscord内のチャットルームは、メンバーがお互いのステータスをわかりやすいラベル付けをすることで、ちょっとした雑談や相談をしやすい工夫をしている
テレワークシフトによって「始めたこと」
■1.東京・長野の2拠点混成での開発チーム編成
テレワークにシフトする以前から、開発組織が一定以上の人数規模に達したことで、組織の中に複数のチームが在籍する状態となっていた。
オフィスワークを前提としていた頃は、チームの構成は基本的に拠点による制約をかけて振り分けていた。例えば、5人のチームのうち、2人を東京3人を長野、といった構成にしてしまうと、実質的にチームの中にサブチームが出来上がり、チームの情報共有のスピード低下が懸念されたためだ。
しかし、全員がフラットなテレワーク環境になったことで、実質的に拠点を意識する必要がなくなった。これにより、チームを構成する自由度が高まり、最適なチームを構成することが容易となった。
その結果、組織の観点からは、開発ロードマップを柔軟に組み替えることができるようになった。必ずしも拠点間で常にスキルのバランスが取れているわけではないため、拠点の制約によるチーム分けをしている場合と比較して、スキルのバランスを保ちつつ必要最少人数でのチームを構成することが可能となった。結果として、チームごとに並列で異なる開発テーマに取り組むことが可能となり、市場やお客様の変化により対応しやすい開発体制を構築することが可能となった。
また、働く個人の観点からも、自身のキャリアの展開や技術やビジネスへの関心の変化に併せて、柔軟にチームを異動することが可能となった。
■2.チームでのオンボーディング活動
上記に関連して、新入社員のオンボーディングも、より一緒に働くチームが主体的に進めていく形へと変化させていった。元々オンボーディングとしては、入社初日に全社で実施される労務関連やIT関連の案内や事業戦略共有、CEOとのセッションなどが設定されていて、開発組織としての定型的なオンボーディングは実施していなかった。
テレワークシフトに伴い、オンボーディングの拡充とともに、日々最も長く時間を共に過ごすチームメンバーとの関係性構築を重要視して、開発組織全体でオンボーディングのガイドラインを策定すると同時に、それを新入社員を受け入れる各チームが実施する形をとった。
実際にやってみると思わぬ副産物も得られた。副次的な効果として、組織全体で共通する部分と各チームが固有の部分を明文化する過程で、現状の仕事の進め方を見直す機会にもなり、既存社員にとってもよいきっかけとなった。明文化されていないことで、毎回確認作業が発生していた手順や、古くなっていたチームのルールを見直すなど、オンボーディングを通じてチームにとって非常に良い刺激を与えることに繋がった。
テレワークシフト以降も続けていること
■1.目標設定によるセルフコントロールの最大化
組織目標を達成するためには、個々人が組織全体の目標達成に資する活動を日々行う必要がある。ContractSの開発組織では目標設定を通じて個々人がどのような形で組織目標に貢献するかを明確にしている。目標設定制度としてはMBO(Management by Objectives、目標による管理)を全社で採用しているが、ともするとMBOは単なるノルマ管理になってしまうこともある。
そこでContractSの開発組織では、テレワークシフト以前から、個々人の将来のビジョンや内発的な動機づけと組織目標が重なる部分への目標設定に力を入れていた。個人目標を設定するにあたって、マネージャーやチームリーダーが一人ひとりのメンバーと寄り添うため、当然30分や1時間では終わらないことも多々あるが、この取組みがテレワークシフトをスムーズに展開できた要因だったと考えている。
効果的な目標設定を行う際のポイントは以下の通りである。
<目標設定のポイント>
・本人とマネージャー間会社・組織が解決すべき課題と本人の希望を共有し、それらを両立する目標を策定する
・通常の仕事のプロセスに組み入れ可能な行動目標を策定する
・達成基準が明確な目標を策定することと、評価するプロセス全体を遵守することで本人と組織間の信頼関係を築く
上記を考慮しながら目標の策定と日々の取り組みを積み重ねることで、以下のような効果が得られた。
<適切な目標設定により得られた効果>
・目標が数値化可能であり、進捗やカイゼンの取り組みが把握しやすくなった
・個人目標が組織目標と連動するため、組織目標に対するオーナーシップが芽生える
・個々人のなりたい姿との親和性によって、各自に目標達成へのモチベーションが生まれる
設定された目標がこうした条件を満たすことによって、「テレワーク下でどのようにメンバーを管理するか?」という問題を未然に防ぐことができたと考えている。そして、目標設定を通じた一人ひとりの自己管理可能な状態を作ることは、テレワークシフトによって、より重要性が高まってきていると感じている。
■2.ヒトのマネジメントとコトのマネジメントの緩やかな分離
ContractSの開発組織は、いわゆるマトリクス型組織という縦横2軸の構造をとっており、この形はテレワークシフト以前から変わっていない。
ContractSの開発組織は、いわゆるマトリクス型組織という縦横2軸の構造
上記の図では、ヒトのマネジメントは同じ職能ごとの横軸、コトのマネジメントは実務を行う縦軸で行っている。ヒトのマネジメントは、前述の目標設定に加えて、成果に対する評価や、労務管理、能力開発支援などを内包している。これは特にエンジニアなど専門性が高い職種において、その専門性の評価に納得感を醸成することや、専門能力を高める活動を定性的に評価に組み入れること、また日々のメンタリングにおいてもシンパシーを感じやすいマネージャとの関係性を作ることに役立っている。
コトのマネジメントは事業目標を達成するための日々の活動を指している。事業目標の達成のためには、目標を共有し、異なる職種同士のコラボレーションを促すことと、チームが大きくなりすぎないことが重要であると考えこうしたチームを構成している。
特にテレワークシフト後は、マネージャとメンバーが対面する機会も激減したことで、特にヒトのマネジメントにおける寄り添い方は今も模索を続けている。例えば各メンバーの能力開発はヒトのマネジメントの責務ではあるものの、コトのコンテキスト(ミッションチームが抱えている課題や、これから取り組む仕事の中身)をしっかり抑えておかないと、メンバーの能力を上げても成果に繋がりにくくなってしまう。
また、離職やパフォーマンスに繋がり兼ねない、日常業務の中でのトラブルなども現状はマネージャが適宜メンバーとの1on1で関わりを深めながらサポートしている。
こうした取り組みの結果、厳しい事業目標を追いかける中でも、業務負荷のバランスを保ちやすくなった。事業目標の軸のみで行うマネジメントだと、成果を追いかけるために長時間労働やチーム間での業務バランスが取りづらくなってしまう。そうしたときに一人ひとりのメンバーに寄り添い、ミッションチームを横断した人の軸でのマネジメントがあることで、業務の仕組みを改善したりチーム間での負荷分散を行うことができる。
おわりに
テレワークにシフトながら組織が拡大する中で、これまで組織として曖昧にしてきたことや、暗黙的に共通認識としていたことが次々に明らかになった。マネージャーに期待する役割や、ミーティングの目的、勤怠のルールに至るまで、一つ一つは当たり前のことだが、それらを地道に明文化し、日々の仕事の中で浸透させていくことが組織づくりの道のりだと考えている。
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