サテニウム
それには中毒性がある。
それは同席する人物により質も量も変わる。
それを摂取するには素養が問われ、また素養を有する者であっても充分摂取するには時間がかかる。
そしてそれは、喫茶店でのみ摂取する事ができる成分である。故に冗談を込めてキッサテニウム、または略してサテニウムと呼ばれている。
薄暗い店内には外の喧騒は聞こえず、灰皿には吸殻が溢れんばかりに溜まっている。珈琲は苦く深く、酸味は全く無い。そのまま飲む者もいればやたらと甘くして飲む者もいる。店の薄汚れた本を眺めるともなく眺める者の横には、黙々と数式ばかり書いている者もいた。その場で繰り広げられる会話は多岐に渡る―――自我、知能、精神病、オカルト、創作、芸術、哲学、宗教、歴史、戦争、テクノロジー・・・・・・惜しげもなく知識を振る舞い、衒学的である事を善しとし、平生他の者に語るだけ無為な事柄をその鬱憤と共に語りたいだけ語り倒す。論題がある日もあるが、会話は生き物である。流れるままに流されるのが良い。また、夢を語る事が避けられるわけではないが、それは決して主題にはならない。そんな前向きではない。いっそ退廃的なまでに、その空間で行われる会話そのものに没頭しているのである。煙草の箱はすぐ空になり、同席する友人の煙草に手を伸ばす。それを咎める者も、当然いない。
話が常に建設的であるとは限らないが、共感や心理学的なオウム返し(バックトラッキング)で足踏みする事無く滔々と進みゆくのは間違いない。それらが不要であると、寧ろ邪魔だと理解している者こそ相応しい。レギュラーメンバーは皆ある程度以上の知能と知識欲を有し、そうでない者は大抵会話に着いてゆけず聞くばかりになる事を避けられない。クリティカルな発言、即妙な切り返し、専門知識と新しい知見、また場合によっては強い自我、そういったものが代わる代わる要求される。議論ばかりというわけでもなく、談論と呼ぶべき会話が多いように認識している。
珈琲と煙草は相性が良く、またどちらも目を覚まさせるものである。落ち着いた店内は談論に没頭するのに最も適している。喫茶店程合致する空間はあるまい。
昨今、都内では禁煙の店が増えて恨めしい限りであるが、俺が昨年まで根城にしていた新宿には未だ喫煙可能な良い喫茶店が幾らかある。上質なキッサテニウムを摂取したいというなら、古びて風情のある店に行く他無い。あまり明るく新しく、潔癖じみて清潔で、また客の入れ替わりの多いカフェ的なカフェで摂取できる成分ではない、と言っておこう。因みに全く非公式且つ勝手な区別だが、俺は煙草が吸える店を喫茶店、そうでない店をカフェと言い分けている。ただ昨今の情勢を鑑みるに、前者は純喫茶と呼び変えた方が良いかも知れない。尚、新宿で俺がよく行く店は今は2件だ。新宿5丁目のアルルと新宿駅西口近くの但馬屋本店である。以前は手軽にルノアールにも言っていたが裏切られた(紙煙草が禁じられた)。大正的な雰囲気を求めるなら、少々高いが椿屋珈琲だろう。ただし今は喫煙室があるだけで、席では吸えなくなっている。口惜しい。
高い能力と難のある人格を有する友人達と、その日会って最初に入るのはルノアールだった。あれは正午までならモーニングがやたら安く食える。その後はアルルか椿屋に入る事が多かったか。他にタイムス、西武、シルエット、らんぷ。とにかく煙草が吸える店をハシゴしていた。家計簿に類するもの等生まれてこの方付けた事が無いが、交通費も含めるとかかった金を総計は中々なものだったろう。奢られる事も多かったがね。
ここからまた少しゾ邸の話になるが、俺はサテニウムを自給自足する事に成功している。件の応接間である。俺の望むままに揃えられた調度品、珈琲、BGM。如何なる反社会的会話をしようと咎める人間の一人もおらず、禁煙である筈もなく、ボードゲームやTRPGをやるのも自由である・・・・・・。無論、自分の領域でない所に訪れなければ味わえないものもあるが、サテニウム摂取という点で見ると理想に近い空間を構成しつつある。まだまだ物は足りないし、少し別種の問題も幾つか抱えてはいるがね。
都内から引っ越してからというもの、喫茶店で飲んだ珈琲よりゾ邸応接間で飲んだ珈琲の方が明らかに杯が多い。千葉からわざわざ新宿界隈に出るのが些か面倒というのもあるが、禁煙の店が増えたタイミングでサテニウムを安定して摂取できる環境を得られたのは実に好都合であった。客が来た時の話ではあるが、自分の家でサテニウムが摂れるのはあまりに強い。
キッサテニウムという言葉を作ったのはミゾヲチで、上記の文章こそミゾヲチの思うキッサテニウム概念である。とはいえ他の目線や解釈があるなら、少しそれを読んでみたい気もする。上述の「有資格者」は少しハードルが高いが、自分は合致しないと思う者であっても構わない。参加した事のある少なからぬフォロワー諸氏、呼応したまえ。
然らば。
追記:以下呼応記事。
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