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Loyle Carner 『hugo: reimagined (live from The Royal Albert Hall)』(2024)

10/10
★★★★★★★★★★


2022年の3rdフル『hugo』は、kwes.とのタッグを軸に、サウスロンドンシーンを代表するミュージシャンを多数招いて作り上げた、オルタナティヴヒップホップ・ジャズラップの傑作であった。自身のルーツや父親への複雑な思い、不条理な社会構造についての歌詞もいちいち表現が芯を食っており、アーティストとして一皮も二皮も向けた力作にして、全てのピースがはまった大傑作であった。

本作は2023年10月6日(彼の29歳の誕生日でもある)に行われたRoyal Albert Hallでのフルライヴ。『hugo』の10曲と過去の代表曲5曲で構成された全15曲58分。YouTubeにも上がっている映像版は11曲45分の短縮版。CD、レコードでも発売されている。

参加ミュージシャンについて。まずドラムは『hugo』にも参加していたRichard Spaven。彼の硬質なスネアや精緻なリズムキープは鍵盤や管弦楽器の多い『hugo』においてアタック感を維持する大きな役割を担っていた。本ライヴ盤ではよりダイレクトにその快感を味わうことが出来る。

ベースはMarla Kether。Oscar Jeromeの傑作『The Spoon』やYazmin Laceyの作品にも参加した新進気鋭のベーシスト。昨年のEP『All That We Have』はノーマークだったがアフロテイストを織り込んだいかにもロンドンなクラブジャズ。

ピアノのFinn CarterはKaidi Akinnibiらとカルテットを組んだりして活動しているジャズピアニストで、変わったところではKaidiとともにインディロックバンドBlack Midiの『Hellfire』に参加したりもしていた。

ギターはMark Mollison。私は知らなかったがJohn Armon-JonesのEPやEzra Collectiveのアルバムにも参加していた。その他、kwes.とNick Millsがシンセサイザーやプログラミング等で参加、管弦楽隊も参加している。

”reimagined”という名前の通り、『hugo』とは若干、あるいは大きく異なるヴァージョンでの演奏を楽しめる。全曲の感想を書いていく。

まず『hugo』と同じく”Hate”を1曲目に持ってきている。”Let me tell you what I hate, let me tell you what I love”のラインからライブが始まるのはとても効果的だと思う。

2曲目は『hugo』のクライマックスの一つだった”Plastic”。Richardのドラムがとにかく鮮烈。MarlaもRocco Palladinoの名ベースラインを忠実に弾きこなす。ギターソロ時のハープを交えた広がりは夢幻の感覚で、それをクリック音で突如終わらせるのはプラスティックな現代社会を皮肉る意図。

Polyphillia”は一部分をアカペラで披露。そのままSampha参加の”Desoleli”になだれ込む。ラップパフォーマンスという点では本ライヴ盤のハイライトの一つ。フロウの上手さで誤魔化すのではなくライムとリリックの力で持っていけるラッパーがやはり一番強いと思う。

Homerton”には『hugo』と同様、JNR Williamsがゲスト参加。全ての楽器と声が渾然一体となった完璧なパフォーマンス。最後のピアノソロの美しさ。自分の息子の誕生について歌った曲だが(曲名は息子が産まれた病院)、自分の為にこんな美しい曲を作った父親を持つ息子はなんと幸せだろうか。

Blood On My Nikes”の終盤には活動家Athian Akecが参加し、『hugo』の時以上のパンチラインを繰り出す。口から出る言葉全てがパンチラインみたいな人。Individual is undeniable。政治家が所詮アイドルとバカにするアーティストは政治家よりも誠実な言葉を放つ。全部書き残そうと思ったけど趣旨から外れてくるのでやめておく。

しかし何より素晴らしいのが”Nobody Knows (Ladas Road)”だ。自分をネグレクトし母親を悲しませた父親への恨みと許しや、青い目を持つ自分の息子は黒人と白人のミックスである自分のような悩みは持たないだろう、しかしルーツを否定することは自分を否定することだという洞察が、身を切るような鋭い言葉で放たれる。それがジャジィなピアノとカッチカチのドラムに乗ったらもう完璧。久しぶりに音楽で鳥肌が立った。(Leave Yourself Aloneを初めて聴いた時以来かも)。

これまでに書いた曲の中で一番のお気に入りという紹介で始まる“Still”は2nd『Not Waving, But Drowning』収録の代表曲。もはやクラシックとも呼べる存在感。しかし原曲の呟くようなロウなボーカルとは異なり、ここでは『hugo』仕様の熱いボーカルで遥かにこっちの方が迫力がある。

Loose Ends”も『Not Waving, But Drowning』収録の代表曲。原曲ではJorja Smithが参加していたが、ここではJordan Rakeiが登場しJorja部分を歌う。華やかなJorjaとは異なりJordanが歌うと途端にスマートでクリーンな印象になる。

A Lasting Place”はハープも交えてスタジオ盤よりリラックスした感じなのかと思いきや、途中からRichardの怒涛のハイハット16分刻みが入ってくる。ドラムンベースへの目配せだろうか。ピアノもそれに合わせる。ミスマッチ感が面白い。

Speed Of Plight”は『hugo』ではPuma Blueの弾く繊細なギターが印象的な曲だったが、ここではギターはクランチ感を強め、ドラムも声もアタック感を増しながら、終盤ではロックのライヴかのように盛り上がる。

The Cycle”は次の曲”HGU”の紹介。息子の瞳を見た時に親、祖父母、その前の歴史が自分の中に連綿と息づいており、それが息子の中にも存在することを感じた、というようなことを語っている。過去への許しと未来への希望を描いた『hugo』の根幹を成すコメント。次はその”HGU”で、父親への許しがテーマ。スプリング系のリヴァーブを効かせたギターとハープ。最後はアカペラ。捲し立てる感じではなく祈るように聴こえるのがこの人のラップの魅力だと改めて感じる。原曲では最後に実父に運転を教わっている時の会話音声が収録されていたが、ここではカット。

最後の最後はJordan Rakeiとの2019年のコラボ曲、”Ottolenghi”。ヒット曲だけあってローズピアノのイントロだけで歓声が上がる。Jordanもステージに現れ、あの記名性の高いスムーズな声を存分に聴かせる。原曲より更に良い。しかしチルな曲調にも関わらずRichardのドラムだけはやはりカッチカチでもはや笑えてくる。

単なる一介のヒップホップアーティストを超え、自身のルーツを痛切に語りながら、イギリスの音楽、カルチャーを代表する存在、時代の声に上り詰めたLoyle Carner。それを十二分に堪能できる完璧なライヴ盤だ。これほど素晴らしいライヴ盤には滅多にお目にかかれないと思うし歴史的な一枚だと思うので、音楽好きなら絶対マスト。

特に好きな3曲は以下時間から。
04:29 Plastic
23:01 Nobody Knows (Ladas Road)
41:41 Ottolenghi



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