月子と太一9
荒っぽいだけで全然良くないな。
偽物の夜の中で、またも乾いた喉を潤すためにビールを一気飲みすると、月子はそんな風に思っていた。
カズシとのセックスについての感想に自分を誇らしく思いながらも、こうしている自分にまるで現実感が湧かなかった。
あれ以来、何度かカズシから非通知で電話があり、そのどの誘いも断らず、月子はカズシと逢瀬を重ねていた。その度に、なんでこいつと会ってんだっけ?と夢から覚めるように月子は思っていた。
あの日カズシは、わざわざ自分を探してきたのだ、とてっきり月子は思っていた。よくよく話を聞いてみると、カズシは、駅前でバスを降りる月子を偶然見かけ、後をつけてきたらしかった。
そして話し始めて数分もしないうちに、お茶も食事もすっ飛ばし「休みに行こう」と、近場のホテルに月子を誘ったのだ。
帰る際になって、お金が足りない、とホテル代の半分を月子に払わせ、また連絡するね、と自分の連絡先を教えずに帰っていくような、そんな男だ。
どうやって太一と天秤にかけられるだろう。
第一比べようがないのに。と月子は思う。
「ほんとに結婚しちゃうつもり?俺を置いて」
ビールを飲む月子の背骨に鼻を擦り付けながら、甘ったるい声でカズシが言った。
「あんたがアタシを置いていったんでしょ。」
しらけた調子で月子がそう言うと、「あ、そうだっけ?」と、まるで悪びれずにカズシが返した。
思ってもいない事を思わせぶりに言って人を振り回す。ちっともカズシは変わらない、と月子は思う。きっと一生こんな男なんだと。
やっぱり太一と比べようがないと、カズシに会う度に確認するように月子は思っていた。
そして、比べようがないと思っている時点で比べている自分には気付かないフリをし、その度に安堵した。
「月ちゃんの結婚式に乱入して、連れ去っちゃおうかなー」
いつか月子がカズシに話した"忘れ物市"のウェディングドレスの話を引用しているらしいカズシの言葉を横目に、月子は明日に控えた式の段取りを頭の中で追っていた。