子ども時代の思い出をつなぐ旅行
お彼岸のタイミングに3年ぶりに実家に帰省しました。そしてどうしても行きたい場所がありました。それは「廃墟となった父の実家」です。
ここが父の実家です。もともと馬といっしょに暮していた曲がり家だったそうですが、改築してこの形になりました。人が住まなくなって6年たち、庭も草でいっぱいです。どうやら屋根の隙間から野生動物が入り込み住み着いているようで、家の中は動物のフンだらけとのこと。庭にもまるいフンがたくさん。カモシカやシカのフンのようです。
実はこの家には水道が通っていません。沢水がわいているところから家まで―ホースでつないでいます。そのため、雨上がりは泥水となります。お風呂は水を貯めるために1日かかります。
かつて祖母と伯母の二人が住んでいました。そして子どもの頃、夏休みや冬休みに遊びに来て過ごしました。(この家から40分離れた市街地に私の実家があり、同居はしていませんでした)
子どもながら
「なんで、こんな不便なところに住んでいるんだろう?」
「人がいなくて、さみしくないのだろうか?」
「夜になると庭に動物が出るけど、こわくないの?」
ふしぎな疑問がたくさんありました。
久しぶりに同じ場所に立つと、思い出がリアルに動き出すものですね。
山奥ですから遊ぶ場所もありません。目の前の環境で遊びを考える小学3年生の自分にタイムスリップした感じです。自然の中でできることを子どもながらに考え、編み出した遊びはこんな感じ。
・どんな音が聞こえるかリポート?
風のわたり、ゆらめく大木、鳥のさえずり、カエルの声、セミの聞き分け をアナウンサーのようにリポートするのです
・裏山の森の中、一人で行けるところまで行ってみよう探検
山は危ないので、あらかじめ父に確認してから行きます
・お花たち受粉作戦
まるでミツバチになった気分で指先で花粉つける
・大木の皮はぎ
杉、松の皮をバリバリはがす まるでかさぶたをはがす感覚
・アリ地獄ほりほり
逆三角錐になっている砂の中を枝でほじほじ
いつしか大人になり、父の実家に行く機会は減りました。いっぽう自分の中には、当時の景色がはっきりと刷り込まれていきました。
今は実家を離れ、東京暮らしの方が長くなりましたが「どこかに行きたいな」と思うときは必ずこの家が浮かんできます。いまでは廃墟になってしまいましたが、思い出には子どもの自分が残っているようです。
自分がたいせつにしている子ども時代の思い出を、わが家の子どもたちにも見せたいと思っていて、今回の帰省でようやく願いがかないました。もしかすると子どもたちは何も感じなかったかもしれません。あるいはわたしと同様、さみしいなと思ったかもしれません。
時間は違うけれど、同じ場所に立てただけで満足です。
この廃墟の取り壊しには300万円ほどかかるそうです。近々壊す予定はありませんが、しばらくこのまま残す予定です。今度は夏の景色を見に行きたいと思っています。
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