水子地蔵
毎日、滝のお地蔵様の前を通ります。
なんとはなしに頭を下げます(神仏への信仰心がないもので、手を合わせることになんか抵抗がある)。
何に頭を下げるのか。
毎朝、お地蔵さまをキレイに整えていらっしゃる方々の思いへのいわばリスペクトです。
自分自身のことを祈られる方もいらっしゃるでしょう。
でもお地蔵さまは道祖神的な役割もあるとのことで、やはり道行く人々の安全を祈る意味合いが強いのではないかと。
山や滝に来られる方の安全を思って、どうぞお守りください、とお地蔵さまに思いを届ける。
さて、こちらはモロゾフのプリンカップが置いてあるので便宜上「プリン地蔵さま」としています(失礼かしら??
⬆︎新神戸駅に近い方のお地蔵さまです。
⬇︎こちらは、雌滝に近い方のお地蔵さま。
こちらには「水子地蔵」との札があります。
元々水子地蔵として祀られたものではないでしょう。そこに御坐すお地蔵さまに、子を亡くした人が思いを託したのでしょう。
ま、これも私の勝手な考えですが、そこにあるのは生まれることができなかった子の無念ではなく、せっかくの命を抱きしめることができなかった人の悲しみ。
あくまでも、逝かれてしまった悲しみ。
他者の安全を思う気持ち
子を失った悲しみ
お地蔵さまの仕事が人々の思いを受け取ることであるなら、その思いを受け取ってくださっていることに、私は頭を垂れることとします。
滝詣 連続43日目