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【第6章コラム おもてなし】 ~真のホスピタリティを考える~

私たちの日常生活の中で、「おもてなし」という言葉を耳にする機会が増えています。特に2013年の東京オリンピック招致のプレゼンテーションで「おもてなし」という言葉が世界的に注目されて以来、この言葉は日本のサービス文化を象徴する存在となりました。しかし、真の「おもてなし」とは何なのでしょうか。
先日、出張で訪れた札幌でのビジネスホテルでの経験が、この問いに対する一つの答えを示してくれました。そのホテルは決して豪華ではありませんでしたが、フロントスタッフの対応が印象的でした。チェックインの際、その女性スタッフは私の目をしっかりと見て、温かな笑顔で接してくれました。
「お疲れ様です。本日は遠方よりお越しいただき、ありがとうございます」
その一言には、形式的な接客マニュアルからは生まれない、真摯な思いやりが込められていました。
おもてなしの本質は、実はこうした「心」にあるのではないでしょうか。高級なアメニティや最新設備も確かに重要ですが、それらは「おもてなし」を構成する要素の一部に過ぎません。真のおもてなしの基盤となるのは、相手を思いやる心、そして相手の立場に立って考える姿勢なのです。

札幌の電車では優先席にはあまり健常者が座っている様子はありませんでした。優先席以外の席においても席を譲り合う文化は、単なるルールや習慣ではないと感じました。そこには、他者への思いやりと、社会全体で支え合おうとする意識が根付いているのです。このような文化は、一朝一夕には形成されません。長年にわたる教育と、大人たちの模範的な行動によって醸成されてきたものです。
また、冬の札幌で見かける歩道の滑り止め用の砂。これも深い思いやりの表れです。誰かが転んでケガをするかもしれない—そんな想像力から生まれる予防的な思いやりは、実は最も高度な「おもてなし」の形かもしれません。
では、このような心のこもったおもてなしを実践するために、私たちに何が必要なのでしょうか。

第一に必要なのは、提供する側の心身の健康です。疲れ切った状態では、誰かを思いやる余裕は生まれません。自分自身の健康管理こそが、質の高いおもてなしの第一歩となります。
第二に、相手の立場に立って考える想像力です。お客様が次に何を必要とするのか、どんな不安や期待を持っているのか—そうした先読みの視点が、真のおもてなしには欠かせません。
第三に、チームとしての意識の共有です。一人ひとりが持つおもてなしの心が、組織全体で共有され、実践されることで、より大きな価値が生まれます。
最後に重要なのは、継続的な改善への意欲です。完璧なおもてなしは存在しません。しかし、より良いサービスを目指して常に努力を重ねることで、おもてなしの質は着実に向上していきます。

おもてなしは、単なるサービスの提供ではありません。それは、人と人との心の交流であり、相互理解を深める機会でもあります。形式的な接客マニュアルを超えて、真に相手を思いやる心を持つこと—それこそが、日本が世界に誇る「おもてなし文化」の真髄なのではないでしょうか。
この考えは、ビジネスの世界でも重要な示唆を与えてくれます。効率性や利益だけを追求するのではなく、人としての温かみのある対応が、結果として顧客満足度の向上や、持続的な企業成長につながっていくのです。
私たち一人ひとりが、日々の生活の中で「おもてなしの心」を意識し、実践していくこと。それが、より豊かで温かい社会の実現への第一歩となるのではないでしょうか。


参考図書


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