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エッセイ| 紙と魔法に思うこと ―『ファッションは魔法』について―

はじめに

“「紙とウェブの中間」に、未来をつくるアイデアを刻むこと”をコンセプトとして2012年にスタートした朝日出版社のブックシーズideaink(アイデアインク)より、二人のファッションデザイナー山縣良和と坂部三樹郎が著した『ファッションは魔法』について書こうと思う。まずは二人の経歴を簡単に紹介しよう。山縣良和は、セントラル・セント・マーチンズ美術大学ファッションデザイン学科ウィメンズウェアコースを首席で卒業。ジョン・ガリアーノのデザインアシスタントを務めた後、帰国し、2007年に「writtenafterwards」を設立した。最近では、2019年11月にグランドオープンした渋谷パルコで中高生向けのクリエイティブな学びの場「GAKU」をスタートするなど教育活動も多い。坂部三樹郎は、アントワープ王立芸術アカデミーファッション科マスターコースを首席で卒業。卒業した2006年に台湾出身のシュエ・ジェンファンと「mikio sakabe」を立ち上げた。

紙だからこそ

さて、刊行から6年以上が経過した本書について書こうと思い立ったのには二つの背景がある。

一つは、本書を含めたideainkシリーズの制作コンセプトの面白さである。同シリーズは「紙とウェブの中間」を目指し、即効性を追求しながらも紙の出版にこだわったものだ。企画依頼から刊行までおよそ半年間の短いスパンでスピード感を持って新刊を繰り出しつつ、著者の生の声を濃縮したような内容で、刊行から数年が経過した今もなお生き生きした読み応えを実現している。同シリーズのコンセプトによって、即興的なクリエイターの言葉が、数年経過した後も改めて議論の俎上に載せられるようなコンテンツへと昇華されたということを体現してみたかったのだ。

もう一つは、この本との出会いである。2019年の夏、長野県松本市で期間限定の古本屋「森の本屋」がオープンした。松本駅とあがたの森公園を結ぶ大通りの裏に位置するアートギャラリーの店舗を借りて、毎週日曜日にひっそりと営業していたこの古本屋には、絵本、芸術家の作品集、小説、料理本など様々なジャンルの本が並んでいた。棚に並ぶ本をじっくり見回していたところ、どうしても気になったのがこの本の背表紙に書かれた『ファッションは魔法』の文字だった。「魔法」が私を惹きつけた。これもまたideainkが紙の出版にこだわったことに通じるが、山縣・坂部という二人のファッションデザイナーの声との出会いは背表紙のついた本だからこそのものだった。こうした出会いを、書くという機会を設けて更に特別なものにしたいと考えたのである。

二人のコレクション

本書の内容に移ろう。先述の通り、ヨーロッパのファッションスクールで結果を残した彼らは日本に帰国し、数々のユニークなコレクションを展開した。山縣は壮大なフィクションを構想し、ファッションの本質を問おうと試みる。例えば、2010 SS「神々のファッションショー」では、「遠い昔、この世界で初めてファッションショーを行なったのは神々であった。それは動物たちを前にした荘厳なスペクタクルだった」というストーリーを最初に立て、それをどんどん膨らませ、ファストファッション最盛期の現代に神々が纏う究極のファストファッションを創造した。“見栄っ張りな神々”のために、山縣は全く服をつくらずショーの舞台裏に50メートルほどの反物を巻いたロールのみを用意した。その布を切ったり縫ったりすることなく、モデルの身体に巻きつけて結んだりねじったりし、最後に反物のダンボールの芯を杖にして完成させた。山縣によれば「このショーは、社会に対する皮肉を、ユーモアある比喩で表現して」いるという。「舞台上で神々がそうしたように、ファストファッションよりももっともっと速く、それこそ瞬時に服を作ったとしたら、結果的には倫理観や創造性が破壊され、滑稽な服しかできあが[らない]。社会が暴走する前に、ファッションの尊さや愛おしさを救わなければならない」と山縣は考えたのだ。

一方の坂部はリアルクローズを志向しながらも山縣同様にファッションとは何なのかに迫ろうとする。2008-09 AWでは、制服をテーマにし「OLが着るようなユニフォームをさらにミニマムにデザインし、そこにユーモアを入れて人間を最大限にキャラ化」することで、「制服によって人が紋切り型のキャラクターになるとき、個性がどこから生まれてくるのか」を問いかけた。坂部によれば、例えば「女子校生が日焼けしてとても強いメイクをしたり、アクセサリーをたくさん付けて着飾ったりしても、一見個性的になるようで個性的でなくな[る]。逆に、画一的な制服を着るとみんな横並びになるように見えて、そこから漏れ出てくる魅力がある。装いが没個性だからこそ、装いの深層から出てくる内面的な個性というものがある」のだ。

着ることの思想とつくることの思想

しばしば建築とファッションの近さが語られることがある。様々な見解があるのだろうが、私は近さが語られる要因の一つは、建築が住むことと同時につくることを考えているように、ファッションもまた着ることと同時につくることを考えるクリエイションだからであると解釈している。どちらも住むこと・着ることといった機能的な側面において思想があり、また、つくることという創造的な側面においても思想がある。

着ることの思想と言えば、鷲田清一の『ちぐはぐな身体―ファッションって何?』が思いつく。鷲田によれば、自分の身体に対して自身が直に見たり触れたりできるのは、常にその断片に過ぎず、私たちはそれらの断片を繋ぎ合わせることで自身の身体像を形成している。そして、こうした意味で、身体はイメージであると述べる。服を着るということは、このようなイメージを補強することなのだ。それは身体と布が擦れて感じるフィジカルな側面であったり、社会的な意味を目に見える形で表現する意味論的な側面であったりする。従えば、着ることの思想は、個人の絶対的なものと言えよう。

一方、つくることの思想は、社会的な動因と結びついた相対的なものなのだろう。マシン・エイジに機械編みニット素材ジャージーのドレスや人工的な香りの香水「Chanel No5」をつくったガブリエル・シャネルや、スウィンギング・ロンドンにおいて活発な若者のためにミニスカートをつくったり、ビニールや化学繊維といった新素材に挑戦したりしたマリー・クヮントは、時代を読みながらファッションの領域を押し広げていった。シャネルとクヮントに加えて、クリスチャン・ディオール、ヴィヴィアン・ウエストウッド、マルタン・マルジェラら10人を取り上げた成実弘至の『20世紀ファッションの文化史―時代をつくった10人―』はこの意味で、ファッションをつくった人物たち、すなわちファッションデザイナーたちの系譜を描き出している。

つくる者が追う魔法の“もや”

話を『ファッションは魔法』に戻そう。山縣と坂部の独創的なファッションショーやそれにまつわる思想は、つくる者としてのヒントを私たちに与えてくれる。ファッションとは何か、何がファッションになるのか。ファッションとそうでないものの境界を問い、その領域を広げ続ける彼らは、まさにファッションをつくる者である。私たちもまた、単に住む者ではなく、つくる者であるならば、建築とそうでないものの境界を問い、その領域を広げ続けたい。

山縣と坂部は、タイトルにもなっている魔法を「“もや”のように霞んでいて、掴もうと思ってもなかなか摑めない、摑んだ瞬間に消えてしまう儚いもの」と説明する。そして「ファッションの仕事はこの美しい“もや”を作ることであって決して解明することではない」と語り、高度に情報化していく現代(およそ五年前の社会を指している)において、“もや”を作り出すファッションの力が世の中に魔法をもたらすことの必要性を訴える。本書によれば、イヴ・サンローランもまた21世紀に入ってすぐファッション界を引退した際、「人は誰しも生きていくためには美しい幻を必要とする」という言葉を残している。

魔法の“もや”と言えば、吉本ばななの「ムーンライト・シャドウ」を思い出す。主人公のさつきは亡くなった恋人をかげろう(“もや”)の中に見るのだが、このかげろうには、決して声をかけたり近づいたりしてはいけない。リアリティに満ちた世界でさつきはこの魔法を魔法のまま受け入れ、止まることのない現実の時間の中を生きていくのだ。

おわりに

話が前後してしまったが、まとめよう。まずこのテキストを書くにあたって、朝日出版社のideainkシリーズが紙の出版にこだわった成果を(大変おこがましいながら)拡張しようと試みた。次に、本書の内容を紹介しながら山縣と坂部のコレクションに触れるとともに、建築とファッションの近さに言及し住むこと・着ることとつくることについて考察した。そして、本書で語られた山縣・坂部の言葉を引用して、つくることに潜む魔法の存在に迫った。

紙のパッケージの力に可能性を感じたい。それから、この先の建築に魔法の存在を信じたい。『ファッションは魔法』との出会いが、そうした気持ちを抱かせる魔法をかけてくれた。

参考

1. 山縣良和、坂部三樹郎『ファッションは魔法』朝日出版社、2013年
2. GAKUホームページ、URL= https://gaku.school
3.「朝日出版社 綾女編集者に聞く「アイデアインク」が刻むこれからのアイデア」URL= https://www.fashionsnap.com/article/yoshinobu-ayame-1403/
4. 鷲田清一『ちぐはぐな身体―ファッションって何?』ちくま文庫、2005年
5. 成実弘至『新装版 20世紀ファッションの文化史―時代をつくった10人―』河出書房新社、2016年
6. 吉本ばなな「ムーンライト・シャドウ」『キッチン』角川文庫、1998年

著者

星野拓美 twitter
1994年神奈川県生まれ。2018年東京理科大学工学部建築学科卒業。2020年東京大学大学院工学系研究科建築学専攻修士課程修了。2020年より建築専門誌の出版社に勤務。

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