企業アルムナイとは何か~比較で考える(vs.企業マフィア)
アルムナイ等のコミュニティ専門家が、長年の経験を基に、企業アルムナイを適切に立ち上げ、効果的に運営するための実践知をお伝えする「企業アルムナイの教科書」。
前回は、歴史的背景を踏まえて「企業アルムナイとは何か」を説明しましたが、今回から「似ている取組」との比較を通じて、企業アルムナイの特性をより詳しく掘り下げます。
その初回は「Paypalマフィア」といった形で使われる「企業マフィア」との比較です。
「企業マフィア」とは何か
まず、ビジネスの世界でつかわれる「マフィア」を、特定企業の出身者同士が、お互いに投資やビジネス・マッチングを支援し合う、非公式な人的ネットワーク、とします。
有名ころでは、TeslaやSpaceXを創業したイーロン・マスクや、数々の有名スタートアップに初期から投資して成功を収めたピーター・ティールなどを輩出したPayPal社の「PayPalマフィア」が有名です。
「企業マフィア」と「企業アルムナイ」の違い
元社員のつながりという点は同じですが、本質的な違いも多くあるので、具体的な相違点を比較していきましょう。
主催:企業か、卒業生か
企業アルムナイは、企業が主催するものと卒業生有志が主催するもの、両方のパターンがありますが、企業マフィアは卒業生有志による活動のみです。
なお本稿では、比較を分かりやすくするため「企業主催」のアルムナイに絞って説明します(企業主催と有志の比較は、稿を改めます)。
形態:コミュニティか、ネットワークか
企業マフィアは、同じ企業の出身者同士の個人的なつながりが連鎖したネットワークです。その構造は、つながりの「線」が、各メンバーという「点」で次々と繋がって広がる「網」のようなもので、誰までがマフィアかの境界も曖昧です。
そもそも「マフィア」という呼び名は、メディアをはじめとする外部者がそう呼んでいるだけで、「自分はマフィアである」と自称・自覚するものではありません。
一方、企業アルムナイは明確な参加基準に基づいた「コミュニティ」で、自ら加入するので、メンバーかどうかは自覚できますし、外部から見ても誰がメンバーか判断できます。
企業マフィアの「網」に対し、企業アルムナイの構造は、境界がはっきりした面的な「場」です。
なお、実際の「マフィア」は、加入やメンバーシップが明確であるなど、企業マフィアとは異なります。
立上げ:自然発生か、明確な開始時点があるか
企業マフィアは、卒業生同士が、案件ごとに必要な人とやり取りすることを繰り返す内に自然に形成・強化されていくネットワークです。
一方、企業アルムナイは、基準や基盤を整えた上で始めるので、明確な開始時点があります。
参加資格:オープンか、クローズドか
企業マフィアは、既存メンバーが「必要」「相応しい」と判断した人だけを招く「紹介制」のクローズドなネットワークです。参加資格も細かくは記されません。敷居も高く、企業マフィアについて書かれた記事を見ると、著名な起業家や投資家ばかりです。
一方、企業アルムナイは、明確な参加基準が設定されたオープンなコミュニティで、基準を満たせば参加できるため、有名人や地位のある人に限らず、多様な人がいます。
加入:定常的か、案件ごとか
企業マフィアは、投資や取引などの具体的「案件」がある時にのみ、必要と判断した人だけを、ネットワークに組み入れます。
一方、企業アルムナイはコミュニティなので、参加基準とプロセスが明確に定められ、基準を満たせば誰でも加入できますし、定常的な活動なので、いつでも加入できます。
主催者の成果実現:直接的か、間接的か
企業マフィアは、卒業生自身による自分たちのための取り組みなので、運営者と参加者の利害は直接的に整合します。また、メンバーは事業などの意思決定者に厳選されるので、重要な案件に対して迅速な判断と実行が期待されます。(もちろん、最終的な成果や信頼関係は長期的な視点に基づくもので、短期的な結果追求と矛盾しません。)
一方、企業主催のアルムナイは、自社の課題解決を目的として活用する「手段」です。企業の目的を達成するには、まずは企業アルムナイの参加主体である卒業生のニーズを満たし、その結果として、企業が望む成果に結びつく自発的な行動を促す必要があります。施策と成果の関係は間接的ということです。
例えば、幅広いメンバーにキャリア支援の機会を継続的に提供して関係を展開・強化していき、段階的にカムバック転職につなげる、といったことです。
活動内容:案件実行か、関係構築か
企業マフィアの活動は、ビジネスの第一線で活躍する人々のみが選抜されて参加するため、活動目的もビジネスに絞らます。具体案件で迅速に結果を出すことを目指し、必要と判断した相手に声を掛け合って、タイムリーに直接やり取りするのが一般的です。交流会のような集まりもやりますが、これも、「成果を上げやすくする」という目的に対する、手段としての関係構築に過ぎません。
一方、企業主催のアルムナイは、多様な属性とニーズをもつ参加者がいます。よって、マッチングも幅広く、特定の分野へのフォーカスは難しいです。
よって、交流会やセミナーなど集まりや専用SNSなど、卒業生同士が関係を構築し、当事者間で継続的にコミュニケーションし、マッチングが自発的に起きる環境づくりが主な活動となります。
運営:中心があるか、自律分散か
企業マフィアは、インターネットのような「つながりの連鎖」であり、案件ごとに当事者が自主的に必要な人に声をかけてものごとが進むので、中心として全体を常に仕切る運営チームがなくても成り立ちます。自然発生するということは、その裏返しで、価値が無くなれば自然消滅することもあります。
一方、コミュニティとして運営されている企業アルムナイは継続を前提としており、個々のイベントや全体の活動を管理する主催者や恒常的な運営チームがあります。
コミュニケーション基盤:1対1か、多対多か
企業マフィアは、個々のつながりの連鎖なので、メールやメッセンジャー、電話などの「1対1」の連絡手段だけでも成り立ちます。重要案件に関して、必要な関係者とタイムリーかつ内密にやり取りするには、むしろ、これらのツールが最適とも言えます(もちろんSNSを使うこともありますが、必須ではない、ということです。)
一方、企業アルムナイはコミュニティとして運営されることが多く、その場合、メンバー同士が「多対多」で自主的に直接やり取りできるSNSのようなコミュニケーション基盤の導入が必要です。
ただし、メンバー同士のやり取りを許可すると、コミュニケーションコストが高まります。そのコストを抑えて費用対効果を高めるために、あえてコミュニティとして運営しない選択もあります。このケースについては、稿を改めて、詳しく解説しますが、この場合、企業から登録者に一方的に情報を流せればいいので、公式サイトやメーリングリストなどの「1対多」の手段が適します。
「企業マフィア」に関するその他の論点
フィットする企業
企業マフィアが成立するには、まず、成功した起業家や投資家、事業で重要な意思決定を行う立場にある人など、「成功した」「優秀な」卒業生が多数いる必要があります。母集団が十分でなければ、繋がりの連鎖も成り立たないからです。
企業マフィアが適する企業文化もあります。具体的には、合理的で結果志向が強く、個々が自立している企業です。総合商社の中では「合理的で少数精鋭」の独特なカルチャーで知られる伊藤忠の卒業生起業家は、「必要な時に相談できる人の繋がりは皆自力で作ってある。サラリーマンがやらされ仕事で作ったようなアルムナイには興味がない。」と言っていました。このような価値観をもつ同士が繋がってマフィアができるのです。
また、そのような感覚からすると、企業主催のアルムナイは、目的やベネフィットが曖昧に感じるのかもしれません。意外にも「元リク」で知られるリクルートも、公式アルムナイはなく、複数の非公式ネットワークが併存しているだけです。
合理的で結果志向の独立したビジネスパーソンにとって、サラリーマンが作った、誰かも知らない、役に立つかも覚束ない人々が、ただ頭数ばかり多くいるだけの場には価値を感じない、ということです。
企業マフィアと企業アルムナイのすみ分け
とはいえ、マフィア的文化の企業にアルムナイが成り立たないかというと、そうでもありません。両者は対象や目的が異なるため、共存や補完も可能です。
企業マフィアの構成員は、ビジネスで成功した卒業生に厳選されるため、ビジネス上重要なキーパーソンには的確にアプローチできますが、その守備範囲から外れた、ビジネス以外の分野などの人にアプローチしたい場合、成功確率が下がる可能性があります。
一方、企業アルムナイには多様な卒業生が多くいるため、企業マフィアのネットワークではカバーしにくい層にもリーチできる可能性があります。企業マフィアのメンバーからしても、場合によっては役に立つのです。
企業アルムナイと企業マフィアの比較まとめ
比較を通じて、企業アルムナイの性質がより明確になりました。
主催:企業
※本稿では企業主催のアルムナイに限定
⇔企業マフィア:卒業生主催のみ
目的:自社の課題解決
⇔卒業生自身のビジネスの成功が目的
形態:参加者同士がつながり、自主的に活動する「コミュニティ」
※非コミュニティ型もあるが、本稿ではコミュニティに限定
⇔個人のつながりの連鎖である「ネットワーク」
成果実現:間接的
・まず参加者に価値を提供し、その結果として企業の目的を達成する、二段階の構造
⇔「自分たちビジネスの成功」という直接的な利益を追求
立上げ:仕組みを整えてから参加者を公募するので、明確な開始時点がある
⇔案件ベースのやり取りを繰り返す内に自然発生する
参加資格:企業の卒業生で、ビジネス等で現役の人
※リタイアした人を含む「社友会」とは異なる
※個別には、現役の人を含むなど、多様なバリエーションがある
参加者の多様性:多様な人が参加(参加資格を満たした上で)
⇔ビジネスの成功者に絞られる
加入:資格を満たせば誰でもいつでも入れる
・明確な基準とプロセスがあり、有資格者には開かれている
・定常的な活動なので、いつでも参加可能
⇔企業マフィア:
・案件発生時など、必要な時のみ、必要な人に声をかける
・既存メンバーが各人の判断で「相応しい」人を誘うクローズドなもので、基準も明文化されない
活動:交流の場をつくることで、間接的に、参加者同士の自主的な関係構築やマッチングを促す
・セミナーや交流会といった集まり
・SNS等の相互コミュニケーション基盤の提供
⇔個々のビジネス案件の目的達成が主で、関係構築は副次的
コミュニケーション基盤:SNSなど、主催者含む参加者同士の「多 対 多」のやり取りが可能なもの
⇔1対1の連絡手段で成立可能(SNSは必須ではない)
運営:中心となる運営メンバーにより、継続的に運営される
⇔案件ごとに当事者が仕切るので、全体を定常的に仕切る運営者は必須ではない(いる場合もある)
継続性:活動の継続を前提とする
⇔ベネフィットがなくなれば自然消滅しても良い
企業アルムナイについて正しく理解することは、その設計や構築、さまざまな判断を行う際に大いに役立ちます。本記事が、企業アルムナイを効果的に運営できる人が増え、価値ある企業アルムナイが増える一助となれば幸いです。
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