いい謎解きワールド

日本酒がおいしいので、勢いで書きたいことを書きます。

自分の好きな「謎解きワールド」と世間一般にウケる「謎解きワールド」にはそれは当然乖離が存在していて、そんな中でも自分の好きな「謎解きワールド」を言語化する試みは大事そうな気がしたので…


大前提:一貫性があること

どんなものであれ、「一貫性」があるかどうかっていうのが個人的にはとても大事な要素になっています。

この場合の「一貫性」とは、何かしらその謎解きワールドという一つの体験の中で貫かれた何かしらのモチーフや体験設計のベースがあること、です。
例えば「ストーリー」があって、そのストーリーに従って謎を解き、最後には何かしらポジティブなエンドがある。例えば「ギミック」があって、どの問題もそれを囲むもっと大きな法則に支配されている。例えば「デザイン」が統一されていて、それが共通でありながら様々なバリエーションを持っている。

ranceさんの「81 Square」では、全ての問題のデザインが「3x3のマス目」に統一されているにかかわらず、全ての問題の解法は異なっています。共通のものであっても様々な観点からそれを解釈しなおす試みがこのワールドの体験の本質だと思っています。(まあそこが高難易度たる所以なんですが。)


Mokusawaさんの「オモテウラ」では、全ての問題に二通りの解法が存在しています。これは同じ出題に対して二解法を考えるわけなので、これもいろんな観点から考えてみよう!という点で81 Squareにも通じますね。




何かしら特有のギミックがあって、それを使う(あるいは、"正しく"使わない)

謎ワは「問題」があって「解答」するの繰り返しですが、その構造になにかしら特徴があるものがすきです。一番よくあるのは、いままでの小問の括りを包含した、最後の「大謎」というやつです。構造が伴ってないと、ただただ淡々と一枚謎(一部屋に一問が独立してある、小問)が続くだけの単調な作りになってしまい、僕はあまりそれに工夫がないと普通に飽きたりします。

ここのいじりようはいくらでもあると思っていて、「解答方法が特殊である」「問題に共通の不具合がある」「部屋の構造に特徴がある」などのものです。こういうのをひっくるめて僕は「ギミック」と呼びがちです。

ただ、このギミックがただ「ギミックとしての存在」に終わっているともったいなく、あるいは物足りなく感じてしまいます。せっかく存在するならその使い方を裏に取るような、ギミックの使い方それ自体への問いがあると嬉しいのです。そしてそれはたいてい、「いままですぐに想定される挙動ではないもの」、要は裏ワザみたいな使われ方になります。そういう「難題を手元の機構と工夫で解決する」ことこそ、人間の思考の一番楽しいところだと思います。

そういう「ギミックの工夫」は言語的な思考も介在しない、真に非言語的な謎だと思っています。世に非言語謎をうたうものはあっても、記号や数や図形やイラストを介するもの、つまり脳内で言語に変換する必要があるものが多い気がします。「工夫」を集めた「究極の非言語謎」を見てみたいし、作ってみたい(絶対ムズいけど)


ユアリカさんの「ミノタウロスの箱」では、「立方体の箱を動かす」というギミックだけでありながら、ただ動かすだけではゴールに辿り着くことができず、まさに「工夫」する必要があるわけです。その試行錯誤あるいは思考は、「解く」ということの本質だと思うし、個人的にはかなり好きなタイプの謎ワです。

malletさんの「バグだらけのテストワールドからの脱出」では、全ての問題にバグが発生しており、その状態で正しく解いていく必要があります。これもただ正常でない問題が続くだけのワールドではなく、「発想の転換」あるいは「工夫」に落とし込まれるポイントがあって、かなりギミックとしてまとまってて好きです。あと「テストプレイである」というストーリー上の設定によりバグがあることが説明されているのも好きです。(あとUIのデザインが超好きです)




暗黙の法則を使う、あるいは常識を破壊する

ギミックの工夫で「それまでの普通の使い方ではなく、工夫する」という発想の転換があったのと同じく、体験としてハッとするのは「無意識のうちに囚われていた思い込みを脱する瞬間」です。これには2つあって、1つは無意識のうちに「ゲームのルール」のスコープに囚われていたときに、もっと上位だが明示されないルール(常識)を使うという発想、もう1つはその一般常識に囚われていたときに、常識をぶち破る行動をするものです。まあ要は「自分が勝手に想定していたルールを疑い、脱する」ということです。

例えば、(ルールには一言も明記されていないが)この場には重力があって「物体は下方に落ちていく」とか、逆に重力があるはずなのに部屋全体が上に移動しようとしているので、「水中に部屋があるのでは…?」とか……

とはいえこれらの例になるような謎ワはまだまだ全然少ないような気がしていて、あるいは大謎も大謎になっていてネタバレになるので何も言えないんですよね。
強いて言うなら拙作「collide」、あるいはユアリカさんの「R to VR」でしょうか。これらはどちらも前者、ゲームのルールのスコープに収まらない行動が発生します。


そして後者の「常識という思い込みを脱する」に関して、これは「常識で考えて○○をするよな/しないよな」というのが実は所詮思い込みで、常識に反するけど○○ってできるのかな… できるじゃん!!! っていうものです。

こういう謎ワの例は観測したことがないです。リアルの謎解き公演で「思い込み」を思い知らされたものがあって、その記憶を鮮明に覚えているので、きっと僕は大好きなんだと思います。でもvrcには全然ないんですよね。作りたいな〜 一般ウケする気がマジでしないけど


一枚謎的な問題

ここまで自分に刺さるものを書いてきて、結局大謎(謎解きゲームにおいてたいてい最後にありがちなどんでん返しor一番デカいやつ)が好きってことになるなと思いました。

ただ謎解きあるあるとして、「小謎」や「一枚謎」と呼ばれるような、要は小問みたいなやつもありがち。よくある「一つの部屋に壁一面問題があって、それを解くと次に進める」の「壁一面の問題」ですね。画像一枚で完結するので「一枚謎」と呼ばれたりします。

ここでは画像一枚の問題に限らず、一つの部屋の中で完結するようなちいさなワンステップの問題を「一枚謎的な問題」と呼ぶことにします。箱を動かすミッションとか、立体的になって「枚」と数えられなくても、要は小問的なものであり同じことなので同じくくりにします。

で、こうした一枚謎は謎解きワールドという一連の一貫した体験の中では、個人的には「演出」「ギミック」の範疇なような気がしています。僕が謎解きワールドに求めがちな面白さはやっぱり「非言語的であり知識が不要で、初見でもひらめきで解決できる工夫」みたいな部分なので、どうしても知識やパターンの蓄積になりがちな一枚謎はちょっとニコニコするぐらいで終わってしまいます。「楽しさ」にまでは至らない。
「一枚謎がたくさん出ます!!!」みたいなのも別にすきじゃないです。そこに競技性があったりしたら別ですが。


ところで、そうした一枚謎を伏線的に使う概念もよくありますよね。たとえば問題を指示に従って解きなおせるようになっていたりとか、答えの頭文字を繋げると意味のある別の指示になっていたりとか… 
こういうのも「ただ指示があって、それに従うと答えが出る」だけだと工夫するポイントがないただの作業になってしまうので、何かしらひらめきor工夫ポイントが欲しくなります。

例えば「IV」の問題を左右反転させたら「VI」の問題ができるぞ!とかですかね…? (とすると「I」「II」「III」「V」の問題は全部左右対称じゃないといけないのでかなり実装大変そうだけど) そういう気づきがあって、解き直しを能動的に行えるといい設計だな~となります。


体験価値をどこに置くか?

ところで、謎ワには「一枚謎的問題をたくさん並べたワールド」が存在しています。

ここまで書いてきた内容だと、あたかも「一枚謎列挙ワールドは楽しくない!」と主張しているように読まれそうで怖いので強調しておきたいのは、これも楽しいよ!ということです。

ただこれは上で話してきたような、僕が求めがちな「謎解きワールドの体験」とは少し目標にしている体験が違うところに留意する必要があります。

一枚謎的な問題が広い部屋に置かれることで生まれるのは、「謎解き問題を介した遊び場の提供」、つまり「みんなで問題に取り組んで一緒に悩んでヒントを出し合ったり競い合ったりするワチャワチャ」です。
みんなで楽しむことが大事なので、解けなくてもいいし、なんならその場のみんなで「つまんね~!」って笑いあったっていい。飽きて雑談を始めたっていい。(制作者本人に文句をいうのとSNSに書くのはやめてね)
そこは、「謎」という遊具がある、謎解き空間という公園であり、公園の遊具で遊びたいなら問題にみんなで向き合えばいいし、外から持ち込んだゲーム機でみんなで遊んでもいい。結局何してもいいんです。

これは明確に先述の謎解き体験との両立が難しいポイントなんですよね。例えば「制限時間」というものは、ゲームクリアを目指すという「謎解きゲーム体験」の枠組みでは緊張感や達成感を生み出すいいスパイスになるんですが、みんなで楽しむ「謎解き場」では完全に余計です(公園に使用時間制限がないのと同じ)。

ということで、「みんなで楽しめる『場』としての謎解きワールド」という価値も尊重されるべきものです。僕もこういう「みんなで楽しむこと」に主眼を置いて緻密に設計された謎ワは尊敬しています。

uminy-bluemoonさんの「和風月名-WafuGetsumei」では、シンプルな一枚謎がいくつか並んだ空間に出ます。どの問題をどの順で解いてもいいので、悩んだらいったんパスしたり、解ける人に任せたり…といったゲームプレイができるわけです。しかもそれでいて、「シンプルな一枚謎がいくつか並んだ」以上の構造が存在していて、二倍楽しめるしかけがあってとてもまとめられてていいな~と思っています。



余談:謎ワの定義って?

記事書いてたらタイムリーにいい話題が入ってきたので、自分なりの話をします


「謎解きワールド」というカテゴリーが存在して久しく、今や様々な「謎解きワールド」が存在しているわけなんですが、果たして本当にそれは「謎解き」なのか?みたいな話が上がっているのを見ました。

ここは本当に線引きが難しいのと同時に、線引きをすることがナンセンスなような気もします。

例えばパズルワールドは謎解きか?とか、景観に隠し要素として謎解きがあるのは謎解きか?VRChat内で行動が完結しないのは?ホラーゲームのミッションとして与えられるのは?などなど、「謎解き」かどうか人によって解釈が分かれそうな箇所は多分にあって、それらがおしなべて「謎解きワールド」と呼称されているような気がします。

僕自身はきっちり現実の謎解きゲームに参加している経験をもとに「謎解きワールド」を考えがちなんですが、正直「頭を使って考えるが知識を問うわけではないもの」ぐらいの共通認識しかないと思いますし、それ以上はできない気がします。

そして共通認識が広いがゆえに、謎解きに主眼が全然置かれていないのに謎解きワールドの顔をして流行っているワールドとか、やたら高難易度(というか作者のお気持ちあてクイズと化してほぼ解けないもの)な自称謎解きワールドに挑んで、「謎解きワールドむずくてわからない…」と敬遠するプレイヤーとか、そういうのを目の当たりにして「オイオイ…」と思わずにはいられません。

まあ「これを『謎解き』と呼ぶな!もっとすごいんだぞ!」系の議論は謎ワに限らずTwitterの一枚謎アカウントとかへのお気持ち表明みたいなので見たことがあるので、一般的な問題なんだとは思いますが。

この「線引きの難しさ」ばっかりは、「謎解きコンテンツ」一般として難しいっていう話もあるし、VRChatというプラットフォームの性質も相まってどうしようもないよね、みたいな考察をしたこともあります。誰でも作れるっていう間口の広さだと思って納得している反面、同時にこれで満足してほしくないなっていう作品もあったりして納得できない側面もあって、個人的には悩みどころです。


ただし、定義が難しい一方で、「謎解きの定義」なるものが仮にできたとしたら、それを「常識」判定にして破壊したくなるのが「謎解き」です。既存の発想では思いつかないものに思考の焦点を当てさせるコンテンツである以上、「型」を完成させようとしてもすぐ破壊されるのは当然の話なのです。そうして新しい「謎解き体験」の形ができるサイクルが良いのだと思います(少なくとも僕はそうであってほしい)。某謎解きTシャツ販売店とか。某財布を落としたやつとか。




まあ結局、「体験として、あるいはコンテンツとしてよく考えて作られていること」は必須なんだと思います。

そういうのにたくさん出会いたいし、そういうのをたくさん作っていきたいね~という話でした。

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