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帰京

戻らぬと心に決めていたアパートにひょっこり行った。部屋の惨状は案じていたほどではなかったが、玄関のドアを開けた瞬間に蜘蛛の巣が出現したのには驚いた。
近所に住んでいたA君が部屋を引き払っていたのを知り一瞬裏切られたと思ったが、先に出ていったのは自分の方だったと思い直した。その夜、世田谷の友人を部屋に呼んで、少ない酒をちびちびやり、煙草のみをガンガン吸い、さしたる内容の会話もなく友人は終電前、早朝仕事があるからと告げ帰っていった。
一人取り残された部屋は異様なほど狭く感じられた。こんな部屋に長い間よく住んでいられたものだと思った。

その翌日、僕は逃げるようにアパートを出た。当初は一週間くらい滞在する予定だったのだが、その部屋に少しでも一人でいることが耐え難いほどの苦痛に思えたのでさっさと帰ることにした。
ああ、僕はなぜこんなにも狭い方へ狭い方へと行きたがり、自分を苦しみの淵へ追いやってしまうような生き方しかできないのだろうか。きっと僕の背中や肩には苔が生えてしまったに違いない。

それから広島の実家に戻ってすぐに僕はアパートを引き払う決心をした。その時の僕はもしかすると半ば自棄になっていたのかもしれない。だが、僕には先行きに希望を見出だせないまま良心の責苦に耐え続ける自信がなかった。今はとにかく少しでも身を軽くしたい。疑心暗鬼に陥っているわりにはたった一瞬吹き荒んできた現実に僕は過剰に仰け反った。
はて、この憂悠はいったいどこからやって来るのかしら。たった一つ残された希望を自ら絶たねばならないことへの喪失感からか、それともこれから重荷を引きずって長い旅路を行くことが煩わしく思えるからなのか。
弱くたっていい、もう何も考えたくない。果たしてこの逆行はいよいよその速度を増していくのだろうか。目にも止まらぬ逃げ足の速さ。
ともあれ実家にいて良かった。

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