建築クソ野郎が現れた。
クソ野郎が好きだ。
世間的なクソ野郎の定義は知らないケド、「ソレがないと生きていけないんじゃねぇのか?」というくらい熱く何かに打ち込んでいる男の子の事をクソ野郎と呼ぶことにしている。コイツらの言葉はいつも熱があって、誇りがあって、専門性があって、徐々についていけなくなるんだケド、確かな対象への愛かたくさん詰まっている。
その日、出会ったクソ野郎は建築をこよなく愛していた。
東京大学の大学院卒だそうで、分厚い眼鏡の奥でクリッとした大きな目がよく動く。月並みに大学名を褒めると、勉強ができるわけではないと大げさに手を左右に振り謙遜していたが、「結局は建造物の資料を追いかけ続けたら東京大学が1番多く資料をかかえていたんです」という言葉には確かな温度が宿っていた。
身振り手振り、つらつらと飛び出す建築の話し。安藤忠雄やゴダールなど、知っている単語が時々出てくるものの、ほどんどが理解できないまま宙に消えていていった。
「つまり建築って何が正解なの?」
「正解はなんかないですよ。でも1番近いと思ったのは、アート作品がとても少ないのに1歩1歩進んでいく度に考えさせてくれた美術館でした。休んでも、トイレに行っても、しゃがんでみても、全ての角度に作者の狙いが見えてくるんですよね」
キャベツを備え付けのソースにチョンとひたして口に放り込みながら、視線はウットリとななめ上。目の先には小汚い居酒屋の天井ではなく、話しに出てきた美術館がアリアリと映っているんだろう。つい分厚い眼鏡の奥にあるキラキラした眼球を覗き込んでみた。
「何ですか?」
慌てて目をそらしながら、恥ずかしそうに残りのビールを流し込む様は実年齢より少し幼く見えた。
「だっせー眼鏡!」
「いやいや!イキナリの悪口ですね!近いし!」
「キスしよう!…とか言わないから安心しろよ」
「当たり前でしょう!ボクの彼女に見つかったら殺されますよ?」
クソ野郎はクスクス笑いだした。
やだやだ。いっつもやりたい事が増えていく。
コイツらは何の興味もなかったモノに対して、ヒトの心に火をつけてくる。いつもヒト様の尻に火をつけてくる。実はこのクソ野郎の事をよく知らない。もしかしたら盗賊かもしれないし、殺人鬼かのしれないし、神かも仏かもしれないケド、心に火をくべる放火犯なのは間違いないな。
くったくのない笑顔につられて小さく笑った。同時にいつかこの黒目に焼き付いているだろう景色を観に行ってやる…と決意した。
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